Difference between revisions of "UO:2006-05-05: Inu, Chapter 1"

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{{InfoHeader UOFiction
 
{{InfoHeader UOFiction
 
| title = Inu, Chapter 1
 
| title = Inu, Chapter 1
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|translation = 老婆イヌ 第一章
 
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Trammel slowly climbed higher into the night sky, a bright Felucca in tow. Inu rose quietly from her place and began folding the bedroll up. She tied it onto her bundle and walked outside the dying fire’s flickering halo. She considered the three forms sleeping on the ground for a moment, and then disappeared into the forest.
 
Trammel slowly climbed higher into the night sky, a bright Felucca in tow. Inu rose quietly from her place and began folding the bedroll up. She tied it onto her bundle and walked outside the dying fire’s flickering halo. She considered the three forms sleeping on the ground for a moment, and then disappeared into the forest.
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<hr>
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「ねえ、パパ?」
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呼びかけられた父親は、少し離れた場所で橋の欄干にもたれながらこんこんと湧き出る水を覗き込んでいる自分の娘に目を向けた。
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御影石の間から橋の下へと流れ落ちる湧き水を受けるその池は、禅都の象徴とも言えるものだ。禅都の外壁と内壁の間にある池の周辺には公園が設けられ、様々な木々や草花が咲き誇っている。少女とその父の横を、街の人々が通り抜けてゆく。
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「なんだい、マヤ?」
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「えーとね……」
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少女は眉をひそめ、水面に目を凝らしながら続けた。
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「このお水はどこから来るの?」
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愛娘が滑り落ちないように注意しながら、少女の父親は彼女と一緒に欄干から身を乗り出し、池を眺めて少し考えると、
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「井戸と同じじゃないかな。地面より深い、地下から来ているんだよ」
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と答えた。返事を聞いてマヤは少し納得したようだが、再び湧き水が注がれている池に目を向けた。
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「ねえ、パパ?」
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「なんだい?」
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「このお水は、ぜーんぶどこに行ってしまうの?」
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少女の父は、そんなことを考えたこともなかった。放水される箇所も無いのに、池には常に湧き水が流れ込んでいるのだ。幸運なことに、少女の父は彼の母が言っていたことを思い出し、とっさに親らしく振舞った。
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「それはね、魔法なんだよ」
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「わぁ!」
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少女の目はキラキラと輝いた。
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「パパは魔法が使えるの?」
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横を通り過ぎる若い女性が少女の熱心な様子に思わず笑みをこぼす。
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「いやぁ、お父さんには水を……」
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と話し始めたとたん、少女の父の話は突然の大声にさえぎられた。
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「見よ!!」
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公園にいた人々の目は全てその大声がした方に注がれた。凍りつくような静寂の中、禅都の内壁に葺かれている瓦の上を歩く音が聞こえた。逆光のために、その声が骨ばった中年の女性から発せられたものであるとわかるまで2、3秒を要した。彼女は立ち止まり、人々を指差しながら見下ろした。
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「その日が来る! 何人たりとも逃れることはできない! 全て死に絶えるだろう!」
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マヤの父が娘の肩を抱いて自分に引き寄せ、その場から離れようとしたとき、着物を粋に着こなした若い男 -建築士ヤツエの息子- が壁の上にいる女に向かって声をかけた。
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「婆さん! そんなところに登って何をしてるんだ! 怪我する前に降りてこい!」
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瓦の上に立つ人影は、その声に振り向くと同時に少し足を滑らせ、群集から叫び声が漏れた。
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「黙れ、単細胞の小僧め! これは予言、わしが伝えるべき予言なのだ!」
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その間、マヤはかろうじて父に尋ねる事が出来た。
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「パパ、あの女の人は誰?」
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しかし少女の父は、既に少女を橋から連れ出していた。
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「来るんだ、マヤ」
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と、口早に言いながら。
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二人の背後から、先ほどの若者が罵声をあげているのが聞こえた。
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「このくそばばあ! 引きずり下ろされる前にとっとと降りてきやがれ!」
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群集の中からは同意する声も聞こえてきたが、老婆は全く意に介さずに続けた。
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「恐ろしい、見慣れぬものたちが空を埋め尽くすだろう!」
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「黙れ!」
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誰かが向こうの方で叫んだ。
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「目覚めたとき、お前たちは見知らぬ場所にいるだろう」
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群集から離れるにつれて、老婆の声は徐々に小さくなっていった。公園の外に出た後、少女が先ほどの質問を繰り返す前に父は答えた。
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「あの人は、お父さんとお母さんが知っている人だよ。さぁ、急いでお母さんのお店に行くんだ。いいね? 私もすぐに行くから」
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「でも、もっと見……」
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「マヤ、言われたとおりにしなさい」
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少女の父は、娘がわがままをいわないよう、肩に手を置いて言った。
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少女は母が働く店、『食事処こく』がある街の西へと向かった。少女の父は、娘が道具屋を過ぎるまで見送ると小さくため息をついた。
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そして彼は振り返り、相変わらず群衆に向かって身振り手振りで話している人影を見つめると、何が起こるのかを見るために足早に戻っていった。
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「気のふれた婆さんめ」
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とつぶやきながら。
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「マヤ!」
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公園を散歩していた二人の少女は、橋の向こう側を走る若者のほうを振り向いた。
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「おーい、マヤ!」
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いきなり呼びかけられた彼女は、一緒に歩いていた友人のトモエが必死で笑いを抑えているのがわかった。マヤそれまで楽しげだった視線を冷ややかなものに変えて、近づいてきたケンに目を向けた。
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「あら、ケン……」
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マヤは迷惑そうな様子で彼に返事をした。
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「あぁ! ごめんごめん! 別に大声を出すつもりは無かったんだけど、探しに探してようやくキミが見つかったからさ!」
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トモエは居心地が悪そうなマヤを見てもう笑いをこらえきれなかったが、すばやくケンに背を向けて笑いを抑えた。
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「な……」
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ケンは一瞬、なぜ自分が笑われるのかわからなかったものの、すぐにマヤに向かって言った。
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「ち、違うよ! 僕はただ、キミのお母さんから『こく』に戻るようにって言い付かっただけなんだ」
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マヤの母は、様々な料理が自慢の『食事処こく』で働く料理人の一人だ。彼女は禅都に育つ大半の若者と同様に、早くから将来の道を決めて、10代になるとすぐに職業組合で見習いを始めた。しかし、母と違ってマヤは料理に興味を持つわけでもなく、自分自身何をしたいのか決めあぐねる毎日だった。
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(私もケンと同じみたいだわ)
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彼女の母親がどうやってケンをつかまえることが出来たのか、マヤは苦笑しながら考えた。ケンもマヤと同じく、何もせずにふらふらとしていたところをつかまったに違いない。
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ちょっと間をおいてから、マヤは今後の迷惑ごとを避けるために、
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「じゃあ行きましょう!」
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とケンに返事をし、トモエには軽く目配せして、
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「ごめんね!」
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と声をかけた。トモエはもう一度くすっと笑うと、二人に向かって手を振って見送った。
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数分後、マヤとケンは何かが焼けるいい匂いが漂う『食事処こく』の前にいた。
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二人が店の中に入ったとき、マヤの母はちょうど石造りのオーブンから焼きたてのパンを取り出したところだった。彼女はパンを冷ますためにテーブルの上に滑らすと、二人に目を向けた。
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「ケンタロウ! マヤを見つけてきてくれたのね!」
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手から小麦粉を払いながら、マヤの母は言った。
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「あなたたち二人に、ちょっとお使いを頼みたいんだけど?」
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「ええ、お母様!」
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マヤはとびきり元気よく返事をした。母親が自分の代わりにケンを送ったと確信していたが、それがマヤを困らせたことを悟らせるつもりは無かったからだ。
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「いい子ね!」
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マヤの母は微笑むと、はずしたエプロンを片手にマヤとケンをテーブルに呼んだ。
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「これなんだけど」
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テーブルの上で冷めてきたパンを指差しながら彼女は言った。
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「イヌ婆に届けてきてくれないかしら? ここのところ音沙汰が無いのよ。元気かどうか見てきてほしいの」
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「え、イヌ婆に?」
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ケンは驚いた様子で言った。
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「その、つまり、あの廃墟に住んでるお婆さんに?」
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「そのとおり!」
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マヤの母親は笑顔で言った。
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「じゃあ、よろしく頼んだわよ!」
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それから1時間後、焼け付くような太陽の下、砂漠を越えて行くケンとマヤの姿があった。ケンは家に伝わる大小の刀を背中にくくりつけていた。
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マヤも脇差を腰に下げてはいたものの、面倒ごとにならなければと願っていた。目的の廃墟はデスウォッチビートルの幼生体だらけではあったが、扇動されでもしない限り安全だし、砂漠に棲むオークたちももっぱら砂漠の奥の方にいるのが常だった。
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暑さに文句を言うことと冗談を言うことしかない、つまらないお使いだった。しばらくすると、イヌの家が見えてきた。暑さで空気が揺らぐ真っ昼間だったが、漆喰で出来たその建物はまごうことなく砂漠の上に建っていた。
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「おかしいわね」
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マヤはそう言い、開け放たれている家の玄関に足を進めた。
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「ドアをつけてないことが?」
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皮肉るケンをちらりと見るとマヤは続けた。
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「違うの。お婆様のルーンビートルのクライがいないの。いつもこのあたりにいるはずなんだけど……」
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「でも足跡が見つからないし、ここしばらくいないに違いないよ」
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家の周りを見てケンが言った。
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「イヌお婆様!」
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マヤは家の中に入りながら大声で中へ呼びかけた。
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「おいでですか? 入りますよ!」
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しかし、家の中は完全に空だった。二人は窓がなく一階よりひんやりした二階の部屋に座り込み、少し休んだ後、これからどうしたらいいのかを話し合うことに決めた。
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「ここでずっと待ってるわけには行かないよ」
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とケンが言った。
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「たしかにそうね。でもクライがいないなんて、本当に変だわ。いつもここを守ってるのに」
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「ともかく、今はどうする? 帰った方がいいかな?」
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「ええ。ただ、もう少しだけここにいましょうよ。居心地がいいし、休憩にはもってこいだわ」
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ケンはうなずいて同意を示すと、床に落ちていた骨のかけらを拾い上げて言った。
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「これ、イヌ婆の食べ残しかな? どう思う?」
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「とんでもない! お婆様はただのお年寄りよ!」
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マヤはケンに嫌悪の眼差しを向けた。
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ケンは部屋中に散らばっている骨に目を向けると、嘲るように言った。
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「どうかな」
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マヤが反論しようとしたその時、階下で何か物音が聞こえた。ケンが階段から身を乗り出し階下を覗いて囁いた。
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「マヤ、信じられないよ、ボーンメイジがいる。こんなところにいるはずないのに」
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「無視しましょうよ!」
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マヤは鋭く小声で返した。
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「そのうちまた砂漠に戻っていくわよ!」
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「そうだな……」
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ケンはもっとよく見ようとさらに身を乗り出した。
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「それにそんなに身を乗り出したら危ないわ! 落っこちちゃうわよ!」
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「落ちやしないさ! 大体キミはさ……ああぁっ!?」
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マヤへ文句を言おうとしたとたん、ケンはバランスを崩して一階へ落ちた。
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「ケン!」
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叫びながら大急ぎで階段を降りたマヤが見たのは、ボーンメイジが杖を振り下ろし、ケンにパラライズの魔法をかけるところだった。
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しかし、その骨だらけのアンデッドは、ケンに魔法をかける代わりに杖をマヤの腹にめがけて振るい、彼女は壁に打ち飛ばされた。急に動きを変えたせいで杖を振るうスピードは遅く、大した痛みは負わなかったものの、彼女は一瞬動くことが出来なかった。
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マヤは脇差を抜き、壁につたってバランスを取りながら立ち上がろうとしたが、ボーンメイジが既に呪文を唱えているのが目に入った。彼女がボーンメイジに向かって突進し、魔法攻撃を邪魔しようとした瞬間、ボーンメイジの頭の下から2本の刃が現れ、その頭骨をきれいにはねた。
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ケンは刀を持つ手を震わせながらも魔法から立ち直ると、後ろによろめいた。マヤはボーンメイジをドアの方に押しやりながらその首とあばら骨に切りかかった。マヤの刃は骨の間に食い込んだが、ボーンメイジはもう動くこともなく、なんとかマヤは刀をそこからねじりとってケンの元へと急いだ。
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「大丈夫?」
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「ああ、少し驚いただけさ。パラライズの魔法を食らったんだけど、たいしたこと無かったよ。ちょっと腕が痛いんだけどね」
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マヤは大きくあざが出来た腕を取り、精神を集中させた。そしてやわらかく呪文を唱えた。
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「In Mani」
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ケンの腕を柔らかな光が取り囲み、そして消えた。
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「マヤ! なんだか良くなったみたいだよ!」
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右腕を伸ばしながらケンが言った。
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「一体どうやったんだい?」
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「お父様が教えてくださったの。でも、私はあんまり上手じゃないのよ。ちょっとした回復魔法よ」
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「包帯も使わないなんて」
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ケンは驚きを隠そうともしなかった。マヤはうなずくとケンを立ち上がらせた。ケンはマヤがあまり嬉しそうな様子でないのに気づくと、話を変えるために言った。
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「なぁ。なんでここに骨ばかりあるのか、これでわかったよ」
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マヤはいぶかしげにケンを見ると、外に出た。
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その夜、二人は禅都に戻ることができた。マヤは何が起こったかを話すために母の元へ、ケンは腕の具合を見せるためにヒーラーの元へとそれぞれ向かった。家の前まで来ると、母がマヤの帰りを待ち受けていた。
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「マヤ! 無駄足を踏ませてしまってごめんなさいね! 居なかったでしょ?」
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マヤは驚いて返事した。
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「居なかったわ! でも、どうして知ってるの?」
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「あなたたちが出かけて行ったあと、イヌ婆のルーンビートルのクライを街の西で見たって言う噂を聞いてね」
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「驚いたから、ダイイチに聞いたのよ。ほら、ヤツエのとこのカッコいい息子さん。そうしたら、今朝早くイヌ婆を街の中で見たって言うじゃない!」
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「え?」
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「でも、ダイイチときたらイヌ婆をからかったらしいのよ」
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マヤの母親は続けて言った。
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「またイヌ婆が市場の近くで“説教してた”らしくて」
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「ダイイチはいつもそうよ」
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「とにかくね、ダイイチがいうには、イヌ婆はそれまでにも増してひどかったって言うの。そこにいた全員をムーンゲートに連れて行こうとしたっていうのよ! しかもイヌ婆はムーンゲートを通って行っちゃったのよ!」
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「何も驚くことじゃないわ、誉島に行ったんじゃない?」
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「それが違うのよ。イヌ婆がゲートを通る前に、ブリテインに行くって言ってたらしいの!」
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マヤは驚いた。イヌ婆がこの小さな田舎町の外にまで騒ぎを広めるなどとは思ってもいなかったからだ。
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「でもイヌお婆様は、そんなところに行ったことも無いんじゃない? 危ないわ!」
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「そうなのよ……。こんなこと頼みたくはないんだけど……」
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マヤの母はためらいがちに、自分の娘に目を向けた。
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「だけど?」
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「明日、ケンと一緒にイヌ婆を探しに行ってきてくれないかしら。心配なのよ。お父様だったら、絶対にイヌ婆を行かせやしなかったと思うの」
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マヤはうなずきながらも、まだ見ぬブリタニアの首都へ行くことに興奮と不安を隠せないでいた。王国のどこにも行ったことは無かったし、その中でも一番の街とくればなおさらだ。禅都にときおり訪れる異国の商人たちと何度か顔を合わせるぐらいで、知り合いでさえ行ったことなどない場所だ。
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「わかったわ、ケンに聞いてみる」
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マヤの母は少しだけ微笑むと、
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「明日はとびきりのお弁当を作るわ。ちゃんと連れて帰ってきてね?」
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「わかったわ、お母様。約束します」
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翌朝、マヤはケンに相談した。マヤの頼みごとは、常日頃から街の外に出たいと思っていたケンにとっては願ったり叶ったりな話で、程なくして二人はムーンゲートの前まで見送りに来たマヤの母とその友人たちと共にいた。
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「忘れちゃだめよ! フェルッカじゃなくて、トランメルのファセットに行くのよ!」
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「わかってますって」
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二人は即答だった。
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「彼女は、まだ私が10歳だと思ってるんだわ」
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マヤはケンにそう耳打ちした。ケンは耳を傾けながらも、
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「もし本当に10歳だと思ってるなら、こんなこと頼まれないのはわかってるだろ?」
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と言ったのでマヤは赤面したが、すぐに気をとりなおした。
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別れを告げると、マヤの母は二人に食べ物の入ったナップサックを渡した。ケンは、バックパックをベッドロールといっしょに抱えあげた。
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そうして二人はムーンゲートのほうを振り向くと、一人、そしてもう一人とゲートをくぐった。(トランメル、ブリテインよ)マヤは心で念じた。一瞬全てが暗闇となり、そしてマヤの心はいろいろな音でいっぱいになった。気がつくと、マヤはどこかに着いていた。
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マヤの母の隣に立っていた女性が、ムーンゲートを見ながらマヤの母に声をかけた。
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「ナナコ、本当にあの二人にイヌ婆の後を追わせて大丈夫なの?」
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マヤの母親は少し間をおいて言葉を返した。
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「他に誰がいるというの? イヌ婆はマヤを知っているわ。それに、私には理解できない何かが起こっているのよ」
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「だからこそよ! 危険かもしれないでしょ!」
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マヤの母親は笑顔で来た道を戻り始めた。
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「だからケンにも頼んだのよ!」
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西ブリテインの銀行は街外れにある古い建物で、ブリテイン城の堀を越えたところにある。機能第一に作られた建物なので、街の他の建物のような装飾や優美さといったものはない。外壁は灰色のブロック、屋根には敷石が並べられている。背の低いずんぐりしたこの建物は、その見せ掛けに反して、実は、城を除けば街中で最も防御が固い堅牢な建物なのである。
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しかし、目を惹いたのは銀行の前庭をそぞろ歩く人々である。皆、何かの仕事で訪れたり、ここから出かけて行こうとしていた。銀行の地味なたたずまいとは対照的に、マヤは行き交う人々や街に溢れるとりどりの色の中で右往左往していた。
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身分が高いと思われる一人の夫人が、豪奢な白い上着を着て通り過ぎた。装甲をつけた馬に乗った男性が銀行の角に近づいたと思うと素早くその馬をランプポストにつなぎとめて馬から飛び降り、颯爽と銀行の中に入っていった。
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そこかしこで、物を売る人々や仕事をもちかける人々の声がしていた。マヤはそのような奇妙な服装をした人々を見るのは初めてだった。ケンは様々な珍しい動物に乗るこれほど多くの人々を今までに見たことがなかった。
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「マヤ、もしかしてあそこの人はビートルに乗ってるのかな」
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彼が指差した先を見ると、そこにはたしかに、黄色と桃色というひどく派手な色合いの服に緑色のエプロンのようなものを身につけた男の人が、巨大な青いビートルに乗っていた。
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「……少なくともクライほど大きくはないわね」
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マヤはぐっと息を呑んだ。
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二人の上に影が差したので振り返って見上げると、そこには巨大な青白いドラゴンの嘴があった。ケンはすかさずマヤを腕の中に抱えていた。すると、大きな翼の片側の陰から男の人が降りてきた。
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「やぁ、こんにちは! 丈夫な力持ちの動物に興味がおありかな? たったの30万ゴールドですぞ!」
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ケンはその快活な男性を見つめた。彼は、そのドラゴンの鱗と同じくらい白いシャツを着ており、おかしなことに道化師の帽子をかぶっていた。ケンが返答に詰まっているとマヤが言った。
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「いいえ、結構です。私たちは友人を探しているんです」
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 +
雑踏の中なので、ほとんど叫ぶように話さねばならなかった。がっかりした様子も見せず、帽子を手にお辞儀をしながら彼は大きな声で言った。
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「そうですか、うまくいくといいですな!」
 +
 +
そして、彼はドラゴンに乗りかかりざまに振り向いて、
 +
 +
「動物のご入用ならばジェスをごひいきに!」
 +
 +
と言った。
 +
マヤは力なく手を振り、その男は群集に飲まれていった。低い唸り声を上げながら、人々が道を開ける間を悠々と歩いていく巨大なドラゴンは、あたかも人々の頭上に浮かんでいるようにも見えた。
 +
 +
「ねぇ、あっちへ行こうか」
 +
 +
ケンはマヤを道路脇へと導きながら言った。彼の指差す先には、銀行の向かいの小さな丘があり、人々が暇そうに座っていた。
 +
 +
「そうね!」
 +
 +
程なくして、彼らは丘の横の道を登り、古い松の木のふもとの空き地に着いた。二人は息を切らしながら腰を降ろし、これからについて思いをめぐらせた。
 +
 +
「こんなにたくさんの人の中で、どうやったら彼女を探せるのかしら」
 +
 +
マヤが苛立ったように群集を指差し、
 +
 +
「だって、これはこの街のたった一部分でしかないと思うの」
 +
「うん、でも街の他の部分はこれほど混雑していないんじゃないかと思うんだ」
 +
 +
ケンはうなづいて言った。
 +
 +
「たぶん、ここが禅都みたいな商売の中心地だと思うんだ。あの人たちをごらんよ!」
 +
 +
すると、そこへいきなり話しかけてきた者がいた。
 +
 +
 +
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「ブリテインは初めて?」
 +
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彼らは振り向く必要もなかった。なぜなら彼らの間に少女が一人、ちょこんと座って後ろ手に反り返っていたからである。その女の子は、自分が突然現れたため二人をどれだけ驚かせたかわかっていない様子だったが、すぐに気づいて言った。
 +
 +
「あ! 驚かせるつもりはなかったのよ!」
 +
 +
彼女はシンプルなピンク色のドレスを着ており、突然現れたということを除けば、いたって普通の少女だった。
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「いったい……」
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マヤが口を開いた。
 +
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「キミはどうやって?」
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ケンが締めくくった。少女は少し慌てた様子で、
 +
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「どうか許して! これはただの呪文なの。あなたたちが腰を降ろしたとき、私ここで練習していたの」
 +
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彼女はマヤの方にかがみこんで見つめた。
 +
 +
「本当なのよ! あなたとあなたのお友達は、この辺の人じゃないみたいね。私、わかるの」
 +
 +
ケンは驚きよりも好奇心の方が勝って咄嗟に、
 +
 +
「うん、僕たちは禅都から来たんだ」
 +
 +
と、言ってしまった。その年若い魔法使いは、ぱっと前方に飛び跳ねると彼ら二人に向き直った。
 +
 +
「禅都! そんなに遠くから来た人に会ったのは初めてだわ! お知り合いになれてうれしいわ。私の名前はハーモニー」
 +
 +
そして彼女はお辞儀をしたが、それはマヤにとって少し奇妙に写った。なぜなら彼女は座っていたからである。
 +
 +
「こちらこそお知り合いになれてうれしいわ、ハーモニー。私はマヤ、そしてこちらがケンよ」
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 +
マヤは、できるだけブリタニアの訛りに合わせながら言った。ケンはいたく感動した様子で、
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「ケンって呼んでくれ」
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と手を差し出した。ハーモニーはその手を握ると、いぶかしげに、
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「でも、彼女あなたのことをケンって紹介したわよ」
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と言った。ケンは少し当惑しつつ、
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「ああ、そうだね、ごめん。僕のフルネームはケンタロウっていうんだよ」
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「まぁ、それじゃそう呼びましょうか?」
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マヤは笑いだした。
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「いや、だからケンでいいんだよ、ごめん」
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ケンは必死に説明していた。
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「失礼、ハーモニー。あなたは呪文を唱える練習をしていたと言っていたわね?」
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マヤが助け舟を出した。これはハーモニーの気を惹くのに充分だった。
 +
 +
「そうなの! このインビジビリティっていう魔法は私のレベルより上の魔法なんだけど、もう少しでものになりそうなの!」
 +
 +
彼女はとても活気に満ち溢れていたので、ケンとマヤが対照的にぼんやりしているように見えた。
 +
 +
「あなたたちに話しかけたから、集中力が薄れちゃったんだわ」
 +
 +
彼女はそういうと楽しそうに笑った。ケンとマヤは感動していた。彼らはブリタニアの魔法について聞いたことはあったが、姿を消す術は忍者のものだと思われていた。
 +
 +
「それで、どうしてブリテインまでやって来たの?」
 +
 +
ハーモニーがたずねた。
 +
マヤは、すでに自分たちの目的をすっかり忘れてしまっていたので、答えるのにしばらく時間がかかってしまった。
 +
 +
「私たちは家族の友人を探しているの。彼女がブリテインに来ていると聞いて、それで探しに来たというわけ」
 +
「わかったわ! 徳之諸島から来た人は少ないのよ。彼女の名前は?」
 +
「イヌ。かなり年を取った女性で、名前はイヌというんだ」
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ケンは、礼儀正しくしようと繰り返して言った。
 +
ハーモニーはしばらく考えていたが、
 +
 +
「うーん、そういう名前は思い出せないわ。でも、実は私自身もここに来てまだ数日なの」
 +
 +
今度はマヤの番だった。
 +
 +
「あなたはどこから来たの? ハーモニー」
 +
「マジンシアよ。ご存知?」
 +
「ごめんなさい、知らないわ」
 +
 +
ハーモニーは一向に気にせず、東の方を指差して、
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「ヘイブンの北にある、ここから遠く離れた島なの。私の家族はもう何代もそこで暮らしていたの」
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彼女は優しく言った。そして彼らの方を振り向きながら、
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「もちろん、ムーンゲートだってあるわ。みんなが思うほど遠くにあるわけじゃないと思うんだけど」
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そして、ふと奇妙な表情を浮かべたが、次の瞬間また笑顔に戻った。
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「私も同じことを思ったの」
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マヤが応えた。
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「私はブリテインに来たことがなかったのだけど、思ったよりも大変じゃなかったわ。ゲートをくぐったらあっという間だったわ、その後、しばらく歩かなきゃならなかったけれど」
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ハーモニーは笑った。
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「そうね。でも、行き先を間違ったちゃったりすると、ちょっと大変だったでしょうけどね」
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ケンは、ついつられそうになったが話を本題に戻して言った。
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「ハーモニー、どこか情報を得られるところを知らないかい? 僕たち、本当にイヌ婆さんを探さなきゃならないんだ」
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ハーモニーはしばらく考えこみ、おさげにした赤毛の髪を引っ張っていた。
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「たぶん、『キャッツ・レイアー』かしら。そこの裏手にある居酒屋なの。酔っ払いたちの中に一人や二人、噂好きがいるはずよ」
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ケンは指差した方向へ向かおうとしたが、突然マヤが言った。
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「ううん、私たち動かない方がいいと思うの」
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彼女は驚いた表情で銀行の方を見つめていた。ケンも驚きのあまり息を呑み、ハーモニーはもっとよく見ようとまた二人の間に入ってきた。
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銀行の屋根の上、一人の年老いた女性が淵から下の群集を見下ろしていた。誰か彼女に気づき、他の人々も何ごとかと集まってきたのだ。
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突然イヌは叫んだ。
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「静かにおし! よく聞こえないよ!」
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数人がはっとして動きを止め、彼女の言葉に耳を傾けた。マヤは強い既視感に襲われて凍りついた。
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予期せぬことに、群集は全員イヌの言うことに従い、興奮してぶつぶつ言う者以外は皆おとなしくなった。ハーモニーはマヤの方を見てたずねた。
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「あれは……」
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しかしイヌがふたたび大声で言った。
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「見よ!」
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その言葉の響きには、驚くほどのものものしさが感じられた。
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「時は来た! 単純な言葉は複雑に、複雑な言葉は単純に!」
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「石の上の石は、粉と砕け散る!」
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「川は煮え、壁は溶け落ちる!」
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「もう時間がない、わしには見えぬ!」
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彼女はこれらの言葉を澱みなく言い切った。すると地上からの声がした。
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「一体これはどうしたことかね? 壁の上にいる愚か者は誰だ?」
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別の者がそれに続き、
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「誰か! ここに引きずりおろせ! そのうつけ者をだ!」
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群集は、今や大騒ぎだった。イヌは意に介さない様子で太陽を見上げていたが、人々の言うことは聞いていた。褐色のロバに乗った男が、切り捨てるように言った。
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「たかが老婆のたわごとじゃないか。相手にするな」
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「あの人、大丈夫かしら?」
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奇怪な老婆を一目見ようと人々が押し寄せ出し、しばらくしてからついにハーモニーが訊ねた。マヤは何と言ってよいかわからなかった。
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「前と同じだわ」
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ケンは心配していた。
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「これはまずいな、マヤ」
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イヌは再び言葉を発した。しかし、今度は明らかに怒りが含まれていた。
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「わしを笑いものにしようというのか!」
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一人の女性が呼びかけた。
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「あなたのお名前は何というのです! あなたこそ、私たちを笑いものにしていませんか? あなたは誰なんです?」
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「わしはイヌ! 年老いた者だ! そしてお前は愚か者だ!」
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その女性が前に進み出たので、よく見えるようになった。
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「何ということを!」
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そして振り返って群集に向かって言った。
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「ガードを呼んでちょうだい! おかしな女がいますってね」
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人々は口々に賛成の意を表していたが、まだイヌに注目している者もいた。マヤは立ち上がり、ケンがそれにならい、ハーモニーも後に続いた。彼らには、人々の数がまだまだ増えていくのが見てとれた。傍らで商売をしていた商人が野次馬に加わったからである。
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「何とでも呼ぶがいい! 聞くつもりがないのなら、教えてはやらん!」
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その女性が振り向いた拍子に、マヤは彼女が高潔な怒りに駆られ、拳を両脇で握り締めるのが見えた。
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「教えるですって? わけのわからないことをぶつぶつ言うだけで、何の意味もない言葉じゃないの!」
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不気味に落ち着いた表情で、イヌは彼らには聞こえないほど小さな声で何かを答えた。しかし女性は完璧に怒っていて、群集は拳を振り上げて老婆を罵っていた。
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「ばか者!」
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「たわごとを言うな!」
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「引きずりおろせ! あいつはあぶない奴だ!」
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マヤはすでに丘を降りて、銀行のドアの近くにいる群集のところまで来ていた。ハーモニーとケンは、そのすぐ後ろに続いた。マヤはハーモニーに向いて、懇願するように言った。
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「あなたは魔法使いでしょう。私たちをあの屋根の上に移動させてくれないかしら?」
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事態が急を要することを察知したハーモニーは言った。
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「わかったわ、少しだけ時間をちょうだい」
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そしてうつむくと、
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「秘薬を探さなきゃ」
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彼女は小さなナップザックの中を探り、やがて少量の薬草を引っ張り出した。
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「いいわ、ケン、マヤ。私の手を握っていてちょうだい」
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彼らは身を寄せ合い、彼女が唱えた。
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「Kal Ort Por!」
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一瞬方向感覚を失った後、マヤは銀行の屋根の上から群集を見おろしていた。群集は、イヌが原因で危険な状態になりつつあった。侮蔑の言葉が飛び交い、暴徒となり始めた群集の中には、それを正当化しようとしている人すらいるようだった。
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マヤがイヌの元へ駆け寄ると、彼女はひどく驚き、半分叫び声に近い声で言った。
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「マヤ?」
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「お婆様! ここで何をしていらっしゃるのです?」
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ケンとハーモニーもそばへ駆けつけた。イヌはまだマヤの質問に答えていなかった。
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「おお、お前はケンかい?」
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イヌの声には、おもしろがっているような甲高いひびきがあった。
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「ごきげんよう、お婆様」
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彼はおっかなびっくりに言った。彼女の名前を直接口にするのは憚られたし、他に呼び方がなかったからだ。
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「この方は知らないわねぇ」
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イヌは階下の叫び声を耳にしながら、珍しそうにハーモニーを見た。
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「このお嬢ちゃんも一緒なのかい?」
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ハーモニーが甲高い声で言った。
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「こんにちわ! お目にかかれてうれしいですわ! 私はハーモニー」
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「お婆様! 一体あの人たちに何をおっしゃったの?」
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答えようとしたとき、突然イヌは頭を抱えてぐらりと前にのめった。マヤが受け止め、ケンとハーモニーが彼女を抱き起こした。
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「お婆様!」
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マヤは叫び、意識が朦朧としているイヌを揺さぶった。
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階下の女性が叫んだ。
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「いい考えよ、魔法使い。パラライズ魔法ね。いまガードが来るから、そこで待ってなさい!」
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ハーモニーはすっかりショックを受けたようだった。
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「私、そんなことしてない……」
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ケンは彼女をかばって言った。
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「違うと思う、彼女は病気なんだ」
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マヤはイヌを地上に降ろすと、急にもろくなってしまった彼女を膝に抱えて介抱していた。彼女は青ざめて血の気がなく、マヤは一生懸命意識を取り戻させようとした。
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何の前ぶれもなく、二人のガードが彼らの前に現れ、すぐにことの次第を調べ始めた。
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「ご同行願います」
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左側の一人が言うと、次の瞬間彼らは石造りの頑丈な部屋の中で、いかめしい顔をした男がデスクに向かっている前に立たされていた。彼の表情は不愉快そうであった。
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それからの1時間、イヌはヒーラーのベッドに寝かされ、彼らはブリテインの保安官に厳しくしかりつけられた。そして3人は、イヌが快復した後ただちに街を出ていき、少なくとも3日は街に戻ってはならないという命令状と共に釈放された。
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「あなたのお婆様は、あの貴族の婦人を侮辱してしまったようね?」
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診療所への道すがら、ハーモニーはそう尋ねた。
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「そのようね」
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ため息と共にマヤが言った。マヤの母も、イヌ婆を探すだけのはずが、まさかこんなことになるとは予想していなかったに違いない。
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「でも、少なくともイヌお婆様は何も罪を犯さなかったわ」
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「連中は、あの貴族の婦人がさっきみたいにまた群衆を煽り立てることを心配してるだけさ」
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とケンは言った。
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木造の診療所の中に3人が入ろうとしたとたん、中から何かが砕ける大きな音とともに、イヌがドアに向かって走ってくるのが見えた。ローブを纏ったヒーラーたちは、用心深く、少し離れたところからイヌを落ち着かせようとしていた。
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「大人しくしてください! 危害を加えるつもりじゃないんです!」
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とその中の一人が声を上げたが、まるで向こう脛を打たれたかのように後ろにのけぞっていた。イヌは三人を見ると駆け寄り、
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「早く! この野蛮人たちは、わしをベッドから出さない気だよ!」
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イヌがケンとハーモニーと話しながら外で体を伸ばしている間に、マヤは少しだけゴールドを差し出しながらヒーラーたちに謝った。
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「お婆様を許してください。ここ最近、具合が悪くなってしまったんです」
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明るい茶色のローブを着た男は、当然のようにそのゴールドを受け取ると言った。
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「構いませんよ。私たちは彼女の健康を心配していただけです。でももう、どう見ても元気そのものですね」
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「マヤ!」
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外でケンの声がした。手早く感謝の言葉を述べると、マヤは飛んで逃げるようにその建物から出た。外にいるはずのイヌたちがいないのを見てマヤは驚いたが、またマヤを呼ぶケンの声が道の先から聞こえてきた。大急ぎで向かい、なんとかイヌの着物をつかんで言った。
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「お婆様! どこに行こうとしてるんですか?」
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イヌは歩みを止めることなく、
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「暗くなってきたねえ。わしは疲れたよ」
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とだけ言った。
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例の騒ぎの後では、この街で彼らを受け入れてくれる宿などあるはずもなく、また保安官からの命令状を考え、マヤとケンは禅都に戻るようにイヌの説得を試みた。しかし、イヌは二人の言うことに聞く耳を持たない。やがて彼らはブリテインを二つに分ける川にたどり着き、いつしか海へと向かって歩いていた。
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ハーモニーがマヤに提案を投げかける頃には、空は夕焼けに染まっていた。
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「マヤ?」
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しばらくの間誰も口を利いていなかったので、マヤは不意を付かれた。
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「あ、なに? ハーモニー」
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「ちょっと聞いてみようと思って。嫌だったらそういってくれていいのよ。私、ブリテインから出た後も、あなたたちと一緒に行っちゃ迷惑かしら?」
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マヤは立ち止まり、ハーモニーは話を続けた。
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「どうしてかわからないけど、そんな気になったの。それに、私、あなたたちの旅を手伝えると思うの」
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ケンにもその話は聞こえたが、イヌはそ知らぬ顔で川の土手を歩き続けていた。
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考えるまでもなく、マヤはすぐに優しく返事を返した。
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「もちろんよ! でも、無理してない?」
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ハーモニーは笑った。
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「無理だなんて!」
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そして、いつになく真面目な調子で続けた。
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「それにね、私、少し癒しの技を知ってるの。必要な時にお手伝いできると思うわ」
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「いいから、その子も連れてきな!」
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イヌが道の先から声を上げた。
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「わしに聞こえないとでも思っているのかい!」
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ハーモニーは笑いながら、イヌに追いつこうと走り始め、マヤもその後を追った。
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4人は、街の東の海辺を海岸線に沿って歩いていた。夕焼けの赤がさらに濃くなっていく中、街のはずれの家を通り過ぎると、ケンは辺りを調べて言った。
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「ここがいいんじゃないかな」
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そこは森と岸壁の間にあるちょっとした窪地で、夜をしのぐにはもってこいのようだった。
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「良さそうね」
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マヤが返事した。
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「その斜面の辺りでキャンプをすれば、風も吹いてこないと思うわ」
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「それにまだ家が見えるから、何かあったら街のガードに助けてもらえるわ」
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ケンはうなずいた。
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「ちょっと焚き木を取ってくる間、面倒みてて……いや、その」
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イヌはケンを凝視していった。
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「何の面倒だい? 騒ぎさ! 絶対!」
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ここ1、2時間、イヌの話には訳のわからない言葉が混じったりしていた。マヤは一度だけ何のことかイヌに聞いてみたのだが、イヌ自身もわからない様子だったので、それ以上何も聞かなかった。すぐに慣れたが、変な感じだった。
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イヌが相変わらずケンを睨み付ける中、ハーモニーがそんな雰囲気を変えるべく言った。
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「私も一緒に行くわ。二人で集めれば、すぐ戻れるでしょ」
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マヤが黙ってうなずくと、二人は森の中へ入っていった。マヤは草で覆われた斜面にイヌを座らせた。
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「かわいい孫や」
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マヤはベッドロールを広げようとしていたので、地面に膝をついたままイヌの方を向いて答えた。
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「どうしたの?」
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「お前は本当にいい子だね」
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マヤが驚いて返事をためらっているうちにイヌは横になり、目をつむった。一瞬の後、会話の終わりを告げる寝息が聞こえてきた。
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その後、ハーモニーとケンが戻り、3人はキャンプをこしらえるとマヤは2人に話し始めた。
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「お婆様が言う変な言葉のこと、どう思う? 具合が悪いだけなのかしら?」
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「そうだと思うよ。イヌ婆はいつもちょっと……。みんながイヌ婆のこと何て言ってるか知ってるだろ」
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ケンが言った。
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「でも、今回これほど馬鹿げた言葉を言うなんて、訳がわからない」
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ハーモニーは木の枝で焚き火を突っついていたが、マヤに顔を向けて聞いた。
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「魔法使いなの? その、マヤのお婆様は」
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「お婆様があなたのように魔法を使うとは思えないわ」
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マヤは続けた。
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「でも、お婆様には何かが見えるんだと思うの。何かを感じるって言ってるわ」
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マヤは消え入りそうな声で言い、ハーモニーは持っていた枝を火の中に投げ入れた。
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「そんな気がしたのよ」
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ハーモニーが言った。
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「だから聞いてみただけ」
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マヤは膝を抱え、焚き火の燃えさしを見つめて言った。
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「知らないわ。私が考えてるのは、お婆様を禅都に連れて帰ることだけ。今頃お母様、心配し始めているだろうし」
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焚き火の向こうに、間に合わせの寝床でも、できるだけ心地よくしてあげようと苦心して寝かしつけたイヌの姿が見えた。
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(彼女は気づきもしないでしょうけど)
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そう思いつつも、彼女は責任を感じていた。
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しばらく自分たちの置かれている状況を互いに話した後、ケンは自分のベッドロールを出すと夜空を見上げた。
 +
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「その通りだよ。明日は街を通り抜けてムーンゲートに向かわなきゃ。通るくらいならガードも許してくれるさ。もう暴徒もいないだろうし」
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ハーモニーは興奮した様子で言った。
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「最高ね! 私、あなたたちの故郷を絶対みてみたいわ」
 +
「彼女を説得できたらの話だけどね」
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ケンは、イヌを指しながら注意した。マヤはうなずき、自分の毛布に包まると、
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「明日なんとかしましょ」
 +
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と、疲れきって答えた。
 +
 +
 +
 +
 +
トランメルの月がゆっくりと夜の空を昇り、明るく輝くフェルッカの月が地平線に見えた頃。
 +
イヌはこっそりと起き上がってベッドロールをたたむと自分の荷物にくくりつけ、消えかけている焚き火の灯りの届かないところへと歩いていった。イヌは寝ている三人を一瞬思いやるように見やったが、じきに森の中へと姿を消した。
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 +
(第二章へ続く)
  
 
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Latest revision as of 10:48, 31 May 2017


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Inu, Chapter 1 / 老婆イヌ 第一章

Author: Unknown author Published: May 5, 2006



“Papa?” The little girl’s father looked down at his daughter, who was leaning over the bridge’s wooden rail and staring at the cascades of spring water a few feet away. A landmark of the city of Zento, the springs flowed from an outcropping of worn granite into a small pond under the bridge. A park had been built around it, between the inner and outer city walls, and it was alive with blossoming trees and flowers. Townspeople were passing by the girl and her father on the bridge as they headed towards different parts of the city.

“Yes, Maya?”

“Um,” she leaned over a little more, scrunching up her face in concentration, “Where does all the spring water come from?”

Her father leaned over the rail with her, getting a little closer incase she slipped, and thought about it for a little bit, watching the water tumble over itself as it worked its way down into the pool.

After a long pause he answered, “I think it’s the same as a well’s, it’s from deep underground.”

This seemed to satisfy Maya for a moment or two, but then she looked around at the small pond the water was pouring into.

“Papa?”

“Yes?”

“Where does it all go?”

He hadn’t thought about that. There wasn’t an outlet, and the pond always looked full; yet torrents of water kept pouring into it from the springs. Luckily, he remembered something his mother had told him, and managed to improvise in the parental fashion.

“It’s magic.”

“Oh!” An excited look beamed on her face, “Can you do magic, papa?” A young woman passing by giggled, overhearing the enthusiastic child.

“Well, I can’t make water come up from the…” he began, but never finished. A voice suddenly rang out: “Behold!”

All over the park heads turned towards the source of the unexpected outburst. In the stunned silence, he could hear roofing tiles crunch as a figure walked forward atop the tall inner city wall, only a stones throw from the bridge. Outlined by the bright sun, it took a second for a few to register that the voice belonged to a bony, middle-aged woman. Now she had stopped, and was looking down at them all with her finger pointing.

“The day comes! It comes I say, when none shall pass! Or all shall pass away!”

Maya’s father pulled his daughter in towards him by her shoulders, ready to steer her away. A sharply dressed young man, whom he recognized as Yatsue the architect’s son, had already opened his mouth and was calling back up to the woman on the wall.

“Hey! Grandma! What’re you doing up there? Come down before you hurt yourself!”

The figure whirled to her right upon the ceramic tiles, sending a few stone chips sliding down the side, eliciting a few gasps from the crowd.

“Speak not, son of the simple! A message I have, and a message I shall deliver!”

In the meantime, Maya had just barely managed to ask, “Papa, who’s that lady?” but her father was already leading her off the bridge. “Come along Maya,” he said quickly.

Behind him he could hear the young man’s tone of concern turn to contempt as he yelled back, “You old hag! Hey! Come down from there or we’ll bring you down!”

Someone else in the crowd yelled agreement, but the woman just ignored them and went on.

“And strange and unfamiliar things shall fill the skies,”

“Shut up!” someone farther away roared.

“You will wake, and know not where you are…”

The hag’s words grew less distinct as Maya and her father made their way past the edge of the crowd. Soon they were outside the park, and he answered her burgeoning question before she could get it all out again.

“She’s someone your mother and I know. Now you run back to Koku’s, okay? I’ll be along shortly.”

“But, I want to see…” Maya began, but her father put a firm grip on her shoulder: “Maya, do as you’re told.” Knowing she couldn’t argue, she headed off towards the west end of town. He watched her carefully for a while until he saw her veer past the provisioner’s shop, then sighed to himself.

Turning, he stared back at the distant wall where the lone figure was still gesturing madly at a crowd below, and started striding back to see what could be done.

“Batty old woman,” he muttered.


“Maya!”

A couple of heads in the park turned to look at the young man jogging across the bridge – then towards the two young women he was headed towards.

“Hey Maya!”

Startled, she had already begun to look over her shoulder, and saw that Tomoe, her friend she’d been walking with, was barely managing to stifle a giggle. Maya gave her a scathing look which melted into a model of niceness as Ken came down off the last step.

“Hey, Ken…” she greeted him, slightly embarrassed.

“Hey! Sorry, sorry, I didn’t mean to yell like that, I’ve just been looking for you for the last hour!”

Tomoe couldn’t help it and giggled at the awkward pair, but quickly stifled it and turned slightly away from Ken.

“Wha…” Ken looked over at Tomoe with a slightly confused expression, then back at Maya, “No! No, I mean, your mom, she sent me to find you - she said she needed you back at the kitchen.”

Maya’s mother was one of the cooks at Koku Kitchens, a sort of communal building where several chefs came and prepared a variety of dishes, each according to their own tastes and styles. Maya wasn’t really interested in cooking, unlike her mother, and hadn’t figured out yet what she wanted to do with herself. This was something of a rarity for someone from Zento, where many young adults apprenticed themselves to a craft in their early teens.

“Like Ken”, she thought, smiling ruefully, which possibly explained how her mother had managed to snag him into going out and finding Maya for her. He’d probably just been lazing around and gotten unlucky.

Maya gave it a moment before replying. Then, in a bid to avoid further embarrassment, pushed Ken forward and urged, “Let’s go then!” She gave Tomoe a look as she passed and said, “Sorry!” but Tomoe just giggled again and waved them away.

A few minutes later they were in front of Koku Kitchens, the smell of something baking wafting out from the southern entrance.

Maya’s mother was pulling a large loaf of bread out of a stone oven as they entered. She turned around and slid it onto a table to cool, and saw the two.

“Kentarou! Thank you for finding her,” she said, dusting flour off her hands. “Could you two do me a favor?”

“Of course, mother!” Maya replied enthusiastically. She was sure her mother had sent Ken on purpose, instead of one of her apprentices, but wasn’t about to give her the satisfaction of knowing she’d embarrassed her.

“Wonderful!” her mother smiled, and shook off her apron while beckoning them to the table.

“Could you take this,” she was pointing at the cooling bread, “out to Inu? I’d like you to check up on her since she hasn’t been around for while.”

Ken spoke up, “Wait, Inu the Crone?” He got two unusual stares from the women, and hastily rephrased it: “I mean, the old lady who lives out in the Waste?”

“That’s the one!” Maya’s mother said cheerfully, “now off you go.”

An hour later Maya and Ken were walking through the desert, with a blazing sun beating down on them. Ken had brought along the family daisho - the blades strapped to his back. Maya had a simple wakizashi at her side, but they weren’t really expecting any trouble. The Waste was populated mostly by deathwatch beetle hatchlings, and they were harmless unless provoked. Its other denizens, like the orcs, were usually found deeper in the desert.

It was a boring trip, so they ended up spending most of the time bantering and complaining about the heat. After a while, Inu’s home finally came into view. It was midday and the air was shimmering in the distance, but the old plaster building, standing alone on top of the rough sands, would’ve been hard to miss.

“That’s funny,” she said, walking up to the opening in front of the house.

“That she doesn’t have a door?” Ken quipped.

She gave him a cross look. “No, I don’t see Kurai, her rune beetle. He’s always around here.”

“Well, I don’t see any tracks, so he must not have been here for a while,” he observed, walking around the side of the house to check.

“Inu!” she yelled into the house suddenly, “Are you home? We’re coming in!”

But the house was completely empty. They ended up sitting upstairs on the floor, since the upstairs room lacked windows and was much cooler than the bottom floor. After resting for a bit their conversation turned towards what they should do next.

“I don’t think we can just wait for her,” Ken pointed out.

“True, but it’s strange not to see Kurai here. He always guards this place.”

“Well, for now, maybe we should go back?”

“Sure, but let’s stay here a minute, it’s nice and I want to rest just a little more.”

Ken nodded and picked up a bone lying on the floor next to him. “You don’t think she eats, well, you know? Do you?”

Maya gave him a dirty look: “No! She’s just an old woman!”

He looked over the piles of bones spread throughout the room and shot back a mocking glance: “Right.”

Maya was about to retort when they heard a noise downstairs. Ken leaned over and looked down the stairway, and then whispered, “Maya, I don’t believe it, it’s a skeleton. Must’ve wandered here from deeper in the desert.”

“Just ignore it!” she replied in a tight whisper, “It’ll probably just wander off back into the desert!”

“Yeah…” he leaned over to get a better view.

“And don’t lean over like that! You might slip!” she admonished him.

He looked back at her in a disparaging way: “Oh come on, you know I’m more…”

A look of complete surprise froze on his face as he went rigid, and then tumbled over the edge.

“Ken!” Maya yelled, jumping up and running downstairs, right into the path of the bone mage that was bringing down its staff on the paralyzed Ken. Instead, the undead collection of bones swung around and caught her squarely in the stomach, throwing her into the far wall. It’d changed its arc mid-swing, slowing it and doing her less harm, but she was still momentarily stunned.

Drawing her weapon, she tried to scramble up against the wall to gain her balance, but she could already see the bone mage casting a spell. She rushed forward, desperate to disrupt the magical attack, when two blades appeared below the skeletal head and cleanly decapitated it.

Ken staggered back, blades in unsteady hands, still recovering from the spell. Maya whirled on the simpler skeleton that was shuffling back towards the door. It didn’t even have time to bring up its sword to parry her move, and she cut through the neck and part of the ribcage, lodging her wakizashi in its side. It was dead, at least, so she wrenched the blade free and hurried over to Ken.

“Are you alright?”

“Yeah, it just surprised me. And its paralysis didn’t last long. Landed on my arm though.”

Maya looked at the giant bruise and tried to concentrate. Focusing on the arm, she softly said, “In Mani.” A soft glow surrounded his arm and then faded away.

“Hey! Maya, it’s feeling better,” Ken said, flexing, his right elbow, “What did you do?”

“It’s something my father showed me, I’m not very good at it. It’s just healing.”

“Without bandages, even,” Ken added.

Maya nodded and pulled him up. He could tell she wasn’t really excited about it, so changed the subject: “Heh, I guess we know why all the bones are around now, huh?”

She gave him an incredulous look, and walked outside.

Later that evening they arrived back in town. Maya went to tell her mother what had happened, and Ken went off to have a healer look him over. As Maya came through the doorway she found her mother waiting for her expectantly.

“Maya, I’m so sorry! She wasn’t there, was she?”

Maya, surprised, replied, “No! But how did you know?”

“After you left, Kurai Kabuto, Inu’s rune beetle, someone saw it wandering west of town!” she said breathlessly. “I couldn’t believe it, so while I was asking about it, Daiichi, you know, Yatsue’s son, the handsome one, he told me he had seen Inu in town just earlier today!”

“What?” was all Maya could manage.

“But no dear, you see, he was making fun of her,” she went on, “because she was preaching near the market again.”

“Right, he always does.”

“Well then he told me that she was crazier than ever, and led them all to the moongate in the park! And she went through!”

Maya considered it: “But that’s not too strange is it? Maybe she went to Homare-jima.”

“No, right before she left, she told them she was going to Britain!”

Maya was stunned. It’d never crossed her mind that Inu would actually take her ranting anywhere beyond their little city.

“But, she doesn’t know anyone there! It could be dangerous!”

“Yes I know, dear. I don’t like to ask, but…” she trailed off, looking at her daughter imploringly.

“But?”

“Tomorrow, could you and Ken go try and find her? I’m worried about her. Your father would never have let her go, I’m sure.”

Maya nodded, afraid, excited, and concerned about having to visit the capital city of Britannia. She’d never been anywhere in that entire kingdom, let alone its busiest city. Then again, neither had anyone else she knew, although she had met the occasional foreign merchant visiting Zento.

“Alright, I’ll ask Ken then.”

Her mother smiled weakly, “I’ll make you a good lunch. Just bring her back with you, promise?”

“Yes mother, I promise.”

The next morning she approached Ken about it, and he was more than willing – always eager to get away from the city for a while. Soon they were standing in front of the moongate as Maya’s mother wished them off with some friends.

“Just remember! You want to go to the Trammel facet, not Felucca.”

“We know,” they replied together.

“She thinks I’m ten,” Maya murmured to Ken.

Ken leaned to the side, “If she thought you were ten, she wouldn’t send you out to do this sort of thing, you know.”

She blushed but quickly composed herself. They said their goodbyes and her mother handed over a knapsack containing some food, and Ken hefted the bedrolls and his backpack.

They turned, and stepped through the moongate one after another. Trammel, Britain she thought. For a moment, everything was dark, and then a rushing sound filled her mind. Then she was elsewhere.

The woman standing next to her mother spoke up, looking into the moongate, “Nanako, is it really alright to send them after her?”

Nanako waited a moment, then replied. “Who else? Inu knows her, and something is happening that I don’t understand.”

“But that’s why! Isn’t it dangerous?”

Nanako laughed and started walking away, “That’s what Ken’s for!”


The West Britain Bank was an old building on the edge of town, just across the moat from Castle British. It was a purely functional building, lacking much of the adornment and elegance found throughout the rest of the city. Its walls were made of grey bricks and the roof with stone pavers. This short, squat structure belied the fact that it was easily one of the most defensible buildings in the city, save the castle itself.

More impressive, though, were the people bustling about the yard in front of the bank, heading to and fro on their various businesses. In stark contrast to the bank’s boring demeanor, Maya could barely keep up with the shifting crowd and mish-mash of color all around them as they walked further into the city.

A lady, surely of some nobility, walked by in a shifting gown of delicate white. A man riding an armored horse drew up near the corner of the bank and quickly tied it to a lamp post, hopped down, and made his way inside the bank.

Left and right people were calling out their wares and proffering various services. Maya had never seen so many odd outfits in her entire life. Ken had never seen so many people riding strange animals in his.

“Maya, I think that fellow’s riding a beetle.”

She turned around where he was pointing, and sure enough, there was a man dressed in terribly clashing colors: bright yellow and pink, and some sort of green apron, riding on top of a giant blue beetle.

“At least it’s not as big as Kurai,” she gulped.

A shadow fell over them and they turned together and looked up into the maw of a giant, pale dragon. Ken was already bracing her before she knew it, and a man stepped from behind one of its massive wings.

“Hail friends! Art thou interested in a fine beast of burden? Only three hundred thousand!”

Ken looked the spry old man over – he had hair just as white as the dragon’s scales, and, oddly enough, was wearing a jester’s cap. Before he could think of a response Maya was already explaining themselves away, “Oh, no thank you sir. We’re just looking for a friend!” She nearly had to yell for all the noise.

He didn’t really look disappointed as he bowed, cap in hand, and said loudly, “Then I wish thee the best!” He was already to his dragon when he tossed back his head and offered, “Just look for Jess, shouldest thou e’er have need of a beast!”

Maya waved weakly and the crowd swallowed the fellow. The large dragon made a soft growling sound as it seemed to float over a parting in the stream of people, slowly moving further away.

“Hey, let’s go over here,” Ken suggested while pulling her over to the side. He was motioning to a small hill across from the bank’s entrance, where a few people were idly sitting. “Good idea!”

A few moments later they were striding up the side of the hill and came to a stop near an old pine tree. They both sat down, exhausted, and considered their luck so far.

“How are we going to find her in all this,” a frustrated Maya began, gesturing down at the crowd, “I mean, this is only a tiny part of the city too!”

Ken nodded, “Yes, but, maybe the rest of the city isn’t this busy?”

“Maybe, I guess this is like the market square in Zento – look at them all!”

Suddenly a voice spoke up, “First time in Britain, then?”

They didn’t even have to turn around because suddenly there was a girl sitting down between them, leaning back on her hands. She didn’t seem to be aware of just how much she had startled the two by her sudden appearance, but quickly realized it.

“Oh! I did not mean to scare you!”

She was wearing a simple pink dress, and seemed completely normal, except for the fact that she hadn’t been there just a moment before.

“How…” Maya began.

“…did you do that?” Ken finished.

The girl seemed a bit flustered: “Do forgive me! ‘Twas just a spell, I was practicing it here when you sat down.” She leaned over and looked closely at Maya.

“’Tis true! Thy friend and thee are not from ‘round here! I can tell!”

Ken’s curiosity had already helped him recover, and he said simply, “No, we’re from Zento.”

The young mage scampered forward a bit and turned to face the two.

“Zento! Wow! I have ne’er met anyone from so far away before! ‘Tis a pleasure to make thine acquaintance. My name is Harmony.” Then she curtsied, which Maya thought was just a tad odd, since she was sitting down, but it had been an altogether strange day.

“Uh, ‘tis a pleasure to make thine acquaintance, Harmony. I’m Maya, and this is Ken,” Maya said, doing her best to accommodate the Britannian dialect.

Ken stuck out his hand, obviously impressed, and said “Call me Ken!”

Harmony shook his hand, but said curiously, “But, she did call you Ken.”

Ken looked slightly embarrassed but said, “Oh, right! Right! It’s just my full name is Kentarou, sorry.”

“Oh, shouldest I call thee that then?”

Maya was laughing now, and Ken managed to explain, “No, uh, Ken’s fine. Sorry.”

“I’m sorry Harmony, but you said you were practicing a spell?” asked Maya, saving Ken from himself.

Now she had Harmony’s full attention, “Aye! ‘Tis invisibility, which is almost beyond my level, but I think I almost have it!” She seemed so completely full of energy that she made her and Ken look utterly dull in comparison. “When I spoke to thee, it broke my concentration,” she smiled merrily.

Ken and Maya were impressed. They’d heard about Britannian magic, but invisibility had always seemed the domain of the ninja.

“So, what bringeth ye all the way to Britain?” asked Harmony.

Maya had completely forgotten about their goal by now, so she paused before responding, “We’re looking for a family friend. We heard she came to Britain, so we’re trying to find her.”

“I see! Well, those from the Tokuno Isles are few here, what is her name?”

“Inu, she’s a rather elderly woman named Inu, ” Ken replied, trying to be polite.

Harmony thought for a second, “No, I can not recall any such name, but to be honest, I have only been here for a few days myself.”

Ah, my turn, thought Maya, “Where are you from Harmony?”

“Magincia! Dost thou know it?”

“Um, I’m afraid not.”

It didn’t seem to matter since Harmony had twisted around and was already pointing off in a seemingly random way towards the east. “’Tis an island far from here, lying to the north of Haven. My family has lived there for generations,” she said warmly. Turning back to them she continued, “Of course, with moongates, I suppose ‘tis not as far away as one would think.” A strange look passed across her face but was quickly replaced by her usual smile.

“That’s how I feel,” Maya replied, “I’ve never been to Britain, but it really wasn’t as hard as I thought it would be. We just had to walk a while once we made it through the gate.”

Harmony laughed, “Yes! Well, had thou chosen the wrong destination, ‘twould have been a bit more difficult I wouldest imagine!”

Ken almost followed up on that, but wanted to get back on track. “Harmony, do you know any place we could ask around for information? We really need to find our friend Inu.”

Harmony thought about it for a moment, and tugged on a braid of her red hair. “Maybe the Cat’s Lair? ‘Tis the tavern right behind you, and sure to have a rumormonger or two amongst the drunkards.”

Ken turned to follow her gesturing finger, but suddenly Maya spoke up, “Um, I think we won’t have to go anywhere.” She was looking past them at the bank with a shocked look. Ken let out a surprised gasp and Harmony moved forward to sit between them again so she could get a better look.

On top of the bank, sure enough, there was an old woman standing on the edge looking down at the crowd below. Someone in the crowd had just noticed her and people began to mill around below trying to see if something interesting was happening.

All of a sudden Inu yelled down, “Quiet! I can’t hear! It’s not clear!” A stunned few came to a halt and looked up, listening to her. Maya was overwhelmed by a great sense of deja vu.

The entire crowd had, unexpectedly, done just as Inu had asked, and become nearly silent except for excited whispering back and forth. Harmony looked over at Maya and asked, “Is that…” but Inu was already yelling again.

“Behold!” the word rang out with astonishing authority.

“The time comes! The plain words will be confused and the confused words made plain!”

“Stone upon stone shall crumble to dust!”

“The rivers shall boil and the walls melt!”

“There is no time, I cannot see!”

She said all this without pause in her delivery. Then a voice from below cried out, “What madness is this? Who is this old fool upon the wall?”

Another joined in, “Someone! Bring here down from there! ‘Tis insane, that one!”

The crowd was bustling now, but Inu seemed unconcerned. She looked up into the sky straight up at the sun, as though she were listening.

A man on a dark mare rode by and dismissed the happenings loudly, “Just an old woman, pay her no need!”

“Is she alright?” Harmony finally asked, after a minute, as the crowd below swelled to stare at the eccentric woman.

Maya didn’t know what to say, “It’s just like before.”

Ken was concerned, “This doesn’t look good, Maya.”

Then Inu was speaking again, but now she seemed openly angry. “Mock! Mock me! Do you?!”

A woman below called up, “What is thy name, old woman! That ye would speak to us with such derision! Who art thou?”

“I am Inu! The Crone! And you are a fool!”

The woman pushed forward into view, “How dare ye!” Turning, she challenged the crowd, “Call the guards! A madwoman is what we have here.”

The crowd was murmuring agreement, yet a few people were still paying close attention to Inu. Maya got up and Ken quickly followed suit, as did Harmony. They could see better into the crowd, which was still getting larger as more merchants drifted away from their business to watch the commotion.

“Call me what you will! If you don’t listen I can’t tell you!

Maya could see the look of righteous indignation flash over the woman’s face as she whirled, hands clenched at her side: “Tell us what!? Thou art gibbering naught but senseless words!”

With a look of unnatural calm Inu replied so softly they couldn’t make out what she said, but the woman seemed completely enraged, and the crowd surged forward, fists pumping in the air, decrying the old woman.

“Fool!”

“Madness!”

“Get her down already! ‘Tis dangerous!”

Maya was already moving down the hill and rushed to the side of the crowd, near the bank’s doors. Harmony and Ken were right behind her, and Maya desperately turned to Harmony and asked, “You’re a mage, right? Can you get us on top of the roof?”

Harmony nodded, realizing how charged the situation was becoming, and said, “Yes! Just a moment,” she looked down, “let me find my reagents.” With that she dug into her small knapsack and withdrew a few herbs Maya hadn’t seen before.

“Alright, Ken, Maya, hold my hands please.”

They came in closer and she intoned, “Kal Ort Por!

A moment of disorientation enveloped Maya and suddenly they were on the roof looking down at the chanting crowd, whom Inu had engaged in a nasty sort of way. Insults were flying back and forth, even as a few people here and there tried to rationalize with the members of what was rapidly becoming a mob.

Maya rushed forward to Inu’s side, who looked quite surprised to see her, and broke off mid-cry.

“Maya?”

“Grandmother! What are you doing here?”

Ken and Harmony rushed up alongside her, and Inu didn’t answer her question.

“Oh, is that Ken?” an amused cackle in her voice.

“Hello, grandmother,” he said awkwardly, not wanting to say her name directly and having no other term of address for her.

“I don’t know this one,” she eyed Harmony curiously, oblivious to the cries below, “She’s with you then?”

Harmony piped in, “Hello! A pleasure to meet thee! I’m Harmony.”

Maya was beside herself with the absurdity of the situation.

“Grandmother! What did you say to these people?”

Inu was about to respond, when she suddenly gripped her head and pitched forward; Maya ended up catching her while Ken and Harmony steadied her.

“Grandmother!” yelled Maya, shaking the unconscious Inu.

The woman below called up, “Good thinking, mage! Paralysis! Here come the guards, just wait there!”

Harmony looked completely shocked, “But I didst not…” and Ken quickly supported her, “No, no, I think she’s sick.”

Maya had Inu on the ground now, cradling the suddenly frail woman in her lap. She was pale and clammy, and Maya was trying to bring her around.

Without warning two town guards appeared in front of them and quickly took stock of the scene.

“Come with us,” said the one on the left, and suddenly they were in a stark room made of hewn stone, standing in front of a very official looking man sitting behind his desk. He looked less than pleased.


An hour later had seen Inu in bed at the healers’ and a stern dressing down by Britain’s sheriff. The three had finally been released with a written warning to depart the city with Inu, once she recovered, for at least three days.

“So, your grandmother insulted one of the visiting nobility?” Harmony inquired, as they approached the healers’ building.

“Looks like it,” sighed Maya. This wasn’t quite what she’d been expecting when she told her mother she’d go find Inu.

“At least she committed no crime,” offered Ken, “They’re just worried that that noblewoman will work up another crowd like last time.”

A loud crash came from inside the wooden building as they drew up near the door, and suddenly Inu appeared in the doorway, backing warily away from the robed healers who were trying to calm her down.

“Hold! We meanest thee no harm!” cried one, but leapt back as a sandaled foot shot out towards his shin.

Inu saw the trio and ran over, “Quickly now! These heathens want to keep me in bed!”

Maya apologized to the healers while Inu stretched outside, talking to Ken and Harmony. “Please forgive her, she’s just been ill lately,” she said, offering the healers a few gold pieces.

A man in a light brown robe took the money as a matter of course, and replied, “’Tis alright, we were merely concerned after her health. She seemeth fine, however.”

“Maya!” called Ken from outside.

“Thank you very much then, sirs,” she said quickly and ducked out of the building.

She was surprised to see an empty street in front of her, but then she heard Ken call again from down the way. Running up to them, she finally caught hold of Inu’s kimono: “Grandma! Where are we going?”

Inu didn’t break stride, and replied simply, “It’s getting dark, and I’m tired.”

After the commotion in town, no inn would take them, and with the sheriff’s fresh warning on their minds Ken and Maya tried convincing Inu to follow them back to Zento. She wouldn’t hear any of it, and soon they’d crossed the river splitting Britain, then begun following it towards the sea.

The sky was reddening when Harmony drew up alongside Maya.

“Maya?”

No one had spoken for a little while, so she was a bit surprised: “Um, yes Harmony?”

“’Tis just a question, and do feel free to say no, but wouldest thou mind if I accompanied you beyond Britain?” Maya stopped and Harmony continued, “’Tis just that I feel compelled somehow, and I can certainly help ye travel around.”

Ken had overheard, but Inu didn’t react and was still walking along the embankment.

Maya didn’t even think about it, she was tired of making decisions, and warmly replied, “Yes of course! But aren’t we keeping you from anything?”

Harmony laughed, “No! Not at all!” Then with an uncharacteristically serious tone explained, “Besides, I know some healing, and can be of assistance should you need it.”

“Oh just bring her along!” called Inu from up the road, “You think I can’t hear you?” Harmony smiled and ran ahead to catch up, Maya followed.

Soon enough they reached the ocean and were following the shoreline further east along the edge of town. The sky was deepening its red tones and they’d passed a ways beyond the last house before Ken went forward a little and surveyed the area.

“This looks alright,” he suggested. It was a small dip in the land between the forest and a rise of cliffs, which looked like a decent shelter for the evening.

“It looks okay,” Maya responded, “If we make camp on the sloped side I think we won’t have the wind on top of us, at least.”

“Besides, I can still see houses – if we need them, the city guards are close.”

Ken nodded, “I’ll go get some kindling, could you take care of… ah.”

Inu had an eye fixed on him: “Take care of? Fuss! Must!”

For the last hour or two, whenever she talked, sometimes she’d interject a strange word of two into the conversation. Maya had asked her once what she’d meant, and Inu didn’t even know she’d said anything. They’d gotten used to it, but it was disconcerting.

Inu was still staring at him, but Harmony broke the odd exchange by coming forward. “I shall go too, then we can return quicker.” Maya just gave them an exasperated nod and they headed off towards the woods while she started to sit Inu down on the grassy hillside.

“Ah, dearie?”

Maya had been facing away as she started laying out the bedrolls and turned around, still kneeling. “Yes?”

“You’re a good girl, you know that.” Before a surprised Maya could respond Inu laid back and closed her eyes, ending the conversation, and driving the point home with a snore only moments later.

Later, after the other two returned and they’d made camp, she sat with them and talked.

“What do you think it all means? Is she just sick?”

“I think so, I mean, she’s always been a little… well you know what they say about her, Maya,” Ken began, “But all this nonsense. It doesn’t make any sense.”

Harmony was poking a stick into the fire but looked up at Maya and asked, “Is she a mage? Your grandmother, I mean.”

“I don’t think she does magic, like you, I guess,” she replied, “But she sees things, she says. Feels them.” Her words dropped off and Harmony pushed the stick the rest of the way in.

“I feel it from her, “ Harmony went on, “’Tis why I ask.”

Maya hugged her knees as she looked into the campfire’s embers: “I don’t know. I just think we should get her back to Zento – mother is going to be pretty worried by now.” She looked over to the other side of the fire where she’d half helped, half dragged the sleeping Inu into a makeshift bed and made her as comfortable as she could. “Not that she’ll notice”, she thought, but she felt obligated.

After they’d talked over their situation for a while, Ken leaned back onto his bedroll and stared into the night sky. “You’re right. First thing tomorrow we can pass back through town and towards the moongate. I’m sure the guards will let us at least pass, with the mob gone and all.”

Harmony seemed excited as she said, “’Twill be wonderful! I wouldest like to see thine homeland.”

“We just have to convince her,” Ken reminded her, pointing at Inu.

Maya nodded and settled into her own blankets, exhausted. “We’ll deal with it tomorrow.”

Trammel slowly climbed higher into the night sky, a bright Felucca in tow. Inu rose quietly from her place and began folding the bedroll up. She tied it onto her bundle and walked outside the dying fire’s flickering halo. She considered the three forms sleeping on the ground for a moment, and then disappeared into the forest.



「ねえ、パパ?」

呼びかけられた父親は、少し離れた場所で橋の欄干にもたれながらこんこんと湧き出る水を覗き込んでいる自分の娘に目を向けた。 御影石の間から橋の下へと流れ落ちる湧き水を受けるその池は、禅都の象徴とも言えるものだ。禅都の外壁と内壁の間にある池の周辺には公園が設けられ、様々な木々や草花が咲き誇っている。少女とその父の横を、街の人々が通り抜けてゆく。

「なんだい、マヤ?」 「えーとね……」

少女は眉をひそめ、水面に目を凝らしながら続けた。

「このお水はどこから来るの?」

愛娘が滑り落ちないように注意しながら、少女の父親は彼女と一緒に欄干から身を乗り出し、池を眺めて少し考えると、

「井戸と同じじゃないかな。地面より深い、地下から来ているんだよ」

と答えた。返事を聞いてマヤは少し納得したようだが、再び湧き水が注がれている池に目を向けた。

「ねえ、パパ?」 「なんだい?」 「このお水は、ぜーんぶどこに行ってしまうの?」

少女の父は、そんなことを考えたこともなかった。放水される箇所も無いのに、池には常に湧き水が流れ込んでいるのだ。幸運なことに、少女の父は彼の母が言っていたことを思い出し、とっさに親らしく振舞った。

「それはね、魔法なんだよ」 「わぁ!」

少女の目はキラキラと輝いた。

「パパは魔法が使えるの?」

横を通り過ぎる若い女性が少女の熱心な様子に思わず笑みをこぼす。

「いやぁ、お父さんには水を……」

と話し始めたとたん、少女の父の話は突然の大声にさえぎられた。

「見よ!!」

公園にいた人々の目は全てその大声がした方に注がれた。凍りつくような静寂の中、禅都の内壁に葺かれている瓦の上を歩く音が聞こえた。逆光のために、その声が骨ばった中年の女性から発せられたものであるとわかるまで2、3秒を要した。彼女は立ち止まり、人々を指差しながら見下ろした。

「その日が来る! 何人たりとも逃れることはできない! 全て死に絶えるだろう!」

マヤの父が娘の肩を抱いて自分に引き寄せ、その場から離れようとしたとき、着物を粋に着こなした若い男 -建築士ヤツエの息子- が壁の上にいる女に向かって声をかけた。

「婆さん! そんなところに登って何をしてるんだ! 怪我する前に降りてこい!」

瓦の上に立つ人影は、その声に振り向くと同時に少し足を滑らせ、群集から叫び声が漏れた。

「黙れ、単細胞の小僧め! これは予言、わしが伝えるべき予言なのだ!」

その間、マヤはかろうじて父に尋ねる事が出来た。

「パパ、あの女の人は誰?」

しかし少女の父は、既に少女を橋から連れ出していた。

「来るんだ、マヤ」

と、口早に言いながら。

二人の背後から、先ほどの若者が罵声をあげているのが聞こえた。

「このくそばばあ! 引きずり下ろされる前にとっとと降りてきやがれ!」

群集の中からは同意する声も聞こえてきたが、老婆は全く意に介さずに続けた。

「恐ろしい、見慣れぬものたちが空を埋め尽くすだろう!」 「黙れ!」

誰かが向こうの方で叫んだ。

「目覚めたとき、お前たちは見知らぬ場所にいるだろう」

群集から離れるにつれて、老婆の声は徐々に小さくなっていった。公園の外に出た後、少女が先ほどの質問を繰り返す前に父は答えた。

「あの人は、お父さんとお母さんが知っている人だよ。さぁ、急いでお母さんのお店に行くんだ。いいね? 私もすぐに行くから」 「でも、もっと見……」 「マヤ、言われたとおりにしなさい」

少女の父は、娘がわがままをいわないよう、肩に手を置いて言った。 少女は母が働く店、『食事処こく』がある街の西へと向かった。少女の父は、娘が道具屋を過ぎるまで見送ると小さくため息をついた。

そして彼は振り返り、相変わらず群衆に向かって身振り手振りで話している人影を見つめると、何が起こるのかを見るために足早に戻っていった。

「気のふれた婆さんめ」

とつぶやきながら。



「マヤ!」

公園を散歩していた二人の少女は、橋の向こう側を走る若者のほうを振り向いた。

「おーい、マヤ!」

いきなり呼びかけられた彼女は、一緒に歩いていた友人のトモエが必死で笑いを抑えているのがわかった。マヤそれまで楽しげだった視線を冷ややかなものに変えて、近づいてきたケンに目を向けた。

「あら、ケン……」

マヤは迷惑そうな様子で彼に返事をした。

「あぁ! ごめんごめん! 別に大声を出すつもりは無かったんだけど、探しに探してようやくキミが見つかったからさ!」

トモエは居心地が悪そうなマヤを見てもう笑いをこらえきれなかったが、すばやくケンに背を向けて笑いを抑えた。

「な……」

ケンは一瞬、なぜ自分が笑われるのかわからなかったものの、すぐにマヤに向かって言った。

「ち、違うよ! 僕はただ、キミのお母さんから『こく』に戻るようにって言い付かっただけなんだ」

マヤの母は、様々な料理が自慢の『食事処こく』で働く料理人の一人だ。彼女は禅都に育つ大半の若者と同様に、早くから将来の道を決めて、10代になるとすぐに職業組合で見習いを始めた。しかし、母と違ってマヤは料理に興味を持つわけでもなく、自分自身何をしたいのか決めあぐねる毎日だった。

(私もケンと同じみたいだわ)

彼女の母親がどうやってケンをつかまえることが出来たのか、マヤは苦笑しながら考えた。ケンもマヤと同じく、何もせずにふらふらとしていたところをつかまったに違いない。

ちょっと間をおいてから、マヤは今後の迷惑ごとを避けるために、

「じゃあ行きましょう!」

とケンに返事をし、トモエには軽く目配せして、

「ごめんね!」

と声をかけた。トモエはもう一度くすっと笑うと、二人に向かって手を振って見送った。

数分後、マヤとケンは何かが焼けるいい匂いが漂う『食事処こく』の前にいた。 二人が店の中に入ったとき、マヤの母はちょうど石造りのオーブンから焼きたてのパンを取り出したところだった。彼女はパンを冷ますためにテーブルの上に滑らすと、二人に目を向けた。

「ケンタロウ! マヤを見つけてきてくれたのね!」

手から小麦粉を払いながら、マヤの母は言った。

「あなたたち二人に、ちょっとお使いを頼みたいんだけど?」 「ええ、お母様!」

マヤはとびきり元気よく返事をした。母親が自分の代わりにケンを送ったと確信していたが、それがマヤを困らせたことを悟らせるつもりは無かったからだ。

「いい子ね!」

マヤの母は微笑むと、はずしたエプロンを片手にマヤとケンをテーブルに呼んだ。

「これなんだけど」

テーブルの上で冷めてきたパンを指差しながら彼女は言った。

「イヌ婆に届けてきてくれないかしら? ここのところ音沙汰が無いのよ。元気かどうか見てきてほしいの」 「え、イヌ婆に?」

ケンは驚いた様子で言った。

「その、つまり、あの廃墟に住んでるお婆さんに?」 「そのとおり!」

マヤの母親は笑顔で言った。

「じゃあ、よろしく頼んだわよ!」



それから1時間後、焼け付くような太陽の下、砂漠を越えて行くケンとマヤの姿があった。ケンは家に伝わる大小の刀を背中にくくりつけていた。 マヤも脇差を腰に下げてはいたものの、面倒ごとにならなければと願っていた。目的の廃墟はデスウォッチビートルの幼生体だらけではあったが、扇動されでもしない限り安全だし、砂漠に棲むオークたちももっぱら砂漠の奥の方にいるのが常だった。

暑さに文句を言うことと冗談を言うことしかない、つまらないお使いだった。しばらくすると、イヌの家が見えてきた。暑さで空気が揺らぐ真っ昼間だったが、漆喰で出来たその建物はまごうことなく砂漠の上に建っていた。

「おかしいわね」

マヤはそう言い、開け放たれている家の玄関に足を進めた。

「ドアをつけてないことが?」

皮肉るケンをちらりと見るとマヤは続けた。

「違うの。お婆様のルーンビートルのクライがいないの。いつもこのあたりにいるはずなんだけど……」 「でも足跡が見つからないし、ここしばらくいないに違いないよ」

家の周りを見てケンが言った。

「イヌお婆様!」

マヤは家の中に入りながら大声で中へ呼びかけた。

「おいでですか? 入りますよ!」

しかし、家の中は完全に空だった。二人は窓がなく一階よりひんやりした二階の部屋に座り込み、少し休んだ後、これからどうしたらいいのかを話し合うことに決めた。

「ここでずっと待ってるわけには行かないよ」

とケンが言った。

「たしかにそうね。でもクライがいないなんて、本当に変だわ。いつもここを守ってるのに」 「ともかく、今はどうする? 帰った方がいいかな?」 「ええ。ただ、もう少しだけここにいましょうよ。居心地がいいし、休憩にはもってこいだわ」

ケンはうなずいて同意を示すと、床に落ちていた骨のかけらを拾い上げて言った。

「これ、イヌ婆の食べ残しかな? どう思う?」 「とんでもない! お婆様はただのお年寄りよ!」

マヤはケンに嫌悪の眼差しを向けた。 ケンは部屋中に散らばっている骨に目を向けると、嘲るように言った。

「どうかな」

マヤが反論しようとしたその時、階下で何か物音が聞こえた。ケンが階段から身を乗り出し階下を覗いて囁いた。

「マヤ、信じられないよ、ボーンメイジがいる。こんなところにいるはずないのに」 「無視しましょうよ!」

マヤは鋭く小声で返した。

「そのうちまた砂漠に戻っていくわよ!」 「そうだな……」

ケンはもっとよく見ようとさらに身を乗り出した。

「それにそんなに身を乗り出したら危ないわ! 落っこちちゃうわよ!」 「落ちやしないさ! 大体キミはさ……ああぁっ!?」

マヤへ文句を言おうとしたとたん、ケンはバランスを崩して一階へ落ちた。

「ケン!」

叫びながら大急ぎで階段を降りたマヤが見たのは、ボーンメイジが杖を振り下ろし、ケンにパラライズの魔法をかけるところだった。 しかし、その骨だらけのアンデッドは、ケンに魔法をかける代わりに杖をマヤの腹にめがけて振るい、彼女は壁に打ち飛ばされた。急に動きを変えたせいで杖を振るうスピードは遅く、大した痛みは負わなかったものの、彼女は一瞬動くことが出来なかった。

マヤは脇差を抜き、壁につたってバランスを取りながら立ち上がろうとしたが、ボーンメイジが既に呪文を唱えているのが目に入った。彼女がボーンメイジに向かって突進し、魔法攻撃を邪魔しようとした瞬間、ボーンメイジの頭の下から2本の刃が現れ、その頭骨をきれいにはねた。 ケンは刀を持つ手を震わせながらも魔法から立ち直ると、後ろによろめいた。マヤはボーンメイジをドアの方に押しやりながらその首とあばら骨に切りかかった。マヤの刃は骨の間に食い込んだが、ボーンメイジはもう動くこともなく、なんとかマヤは刀をそこからねじりとってケンの元へと急いだ。

「大丈夫?」 「ああ、少し驚いただけさ。パラライズの魔法を食らったんだけど、たいしたこと無かったよ。ちょっと腕が痛いんだけどね」 マヤは大きくあざが出来た腕を取り、精神を集中させた。そしてやわらかく呪文を唱えた。

「In Mani」

ケンの腕を柔らかな光が取り囲み、そして消えた。

「マヤ! なんだか良くなったみたいだよ!」

右腕を伸ばしながらケンが言った。

「一体どうやったんだい?」 「お父様が教えてくださったの。でも、私はあんまり上手じゃないのよ。ちょっとした回復魔法よ」 「包帯も使わないなんて」

ケンは驚きを隠そうともしなかった。マヤはうなずくとケンを立ち上がらせた。ケンはマヤがあまり嬉しそうな様子でないのに気づくと、話を変えるために言った。

「なぁ。なんでここに骨ばかりあるのか、これでわかったよ」

マヤはいぶかしげにケンを見ると、外に出た。



その夜、二人は禅都に戻ることができた。マヤは何が起こったかを話すために母の元へ、ケンは腕の具合を見せるためにヒーラーの元へとそれぞれ向かった。家の前まで来ると、母がマヤの帰りを待ち受けていた。

「マヤ! 無駄足を踏ませてしまってごめんなさいね! 居なかったでしょ?」

マヤは驚いて返事した。

「居なかったわ! でも、どうして知ってるの?」 「あなたたちが出かけて行ったあと、イヌ婆のルーンビートルのクライを街の西で見たって言う噂を聞いてね」 「驚いたから、ダイイチに聞いたのよ。ほら、ヤツエのとこのカッコいい息子さん。そうしたら、今朝早くイヌ婆を街の中で見たって言うじゃない!」 「え?」 「でも、ダイイチときたらイヌ婆をからかったらしいのよ」

マヤの母親は続けて言った。

「またイヌ婆が市場の近くで“説教してた”らしくて」 「ダイイチはいつもそうよ」 「とにかくね、ダイイチがいうには、イヌ婆はそれまでにも増してひどかったって言うの。そこにいた全員をムーンゲートに連れて行こうとしたっていうのよ! しかもイヌ婆はムーンゲートを通って行っちゃったのよ!」 「何も驚くことじゃないわ、誉島に行ったんじゃない?」 「それが違うのよ。イヌ婆がゲートを通る前に、ブリテインに行くって言ってたらしいの!」

マヤは驚いた。イヌ婆がこの小さな田舎町の外にまで騒ぎを広めるなどとは思ってもいなかったからだ。

「でもイヌお婆様は、そんなところに行ったことも無いんじゃない? 危ないわ!」 「そうなのよ……。こんなこと頼みたくはないんだけど……」

マヤの母はためらいがちに、自分の娘に目を向けた。

「だけど?」 「明日、ケンと一緒にイヌ婆を探しに行ってきてくれないかしら。心配なのよ。お父様だったら、絶対にイヌ婆を行かせやしなかったと思うの」

マヤはうなずきながらも、まだ見ぬブリタニアの首都へ行くことに興奮と不安を隠せないでいた。王国のどこにも行ったことは無かったし、その中でも一番の街とくればなおさらだ。禅都にときおり訪れる異国の商人たちと何度か顔を合わせるぐらいで、知り合いでさえ行ったことなどない場所だ。

「わかったわ、ケンに聞いてみる」

マヤの母は少しだけ微笑むと、

「明日はとびきりのお弁当を作るわ。ちゃんと連れて帰ってきてね?」 「わかったわ、お母様。約束します」

翌朝、マヤはケンに相談した。マヤの頼みごとは、常日頃から街の外に出たいと思っていたケンにとっては願ったり叶ったりな話で、程なくして二人はムーンゲートの前まで見送りに来たマヤの母とその友人たちと共にいた。

「忘れちゃだめよ! フェルッカじゃなくて、トランメルのファセットに行くのよ!」 「わかってますって」

二人は即答だった。

「彼女は、まだ私が10歳だと思ってるんだわ」

マヤはケンにそう耳打ちした。ケンは耳を傾けながらも、

「もし本当に10歳だと思ってるなら、こんなこと頼まれないのはわかってるだろ?」

と言ったのでマヤは赤面したが、すぐに気をとりなおした。

別れを告げると、マヤの母は二人に食べ物の入ったナップサックを渡した。ケンは、バックパックをベッドロールといっしょに抱えあげた。 そうして二人はムーンゲートのほうを振り向くと、一人、そしてもう一人とゲートをくぐった。(トランメル、ブリテインよ)マヤは心で念じた。一瞬全てが暗闇となり、そしてマヤの心はいろいろな音でいっぱいになった。気がつくと、マヤはどこかに着いていた。 マヤの母の隣に立っていた女性が、ムーンゲートを見ながらマヤの母に声をかけた。

「ナナコ、本当にあの二人にイヌ婆の後を追わせて大丈夫なの?」

マヤの母親は少し間をおいて言葉を返した。

「他に誰がいるというの? イヌ婆はマヤを知っているわ。それに、私には理解できない何かが起こっているのよ」 「だからこそよ! 危険かもしれないでしょ!」

マヤの母親は笑顔で来た道を戻り始めた。

「だからケンにも頼んだのよ!」



西ブリテインの銀行は街外れにある古い建物で、ブリテイン城の堀を越えたところにある。機能第一に作られた建物なので、街の他の建物のような装飾や優美さといったものはない。外壁は灰色のブロック、屋根には敷石が並べられている。背の低いずんぐりしたこの建物は、その見せ掛けに反して、実は、城を除けば街中で最も防御が固い堅牢な建物なのである。

しかし、目を惹いたのは銀行の前庭をそぞろ歩く人々である。皆、何かの仕事で訪れたり、ここから出かけて行こうとしていた。銀行の地味なたたずまいとは対照的に、マヤは行き交う人々や街に溢れるとりどりの色の中で右往左往していた。

身分が高いと思われる一人の夫人が、豪奢な白い上着を着て通り過ぎた。装甲をつけた馬に乗った男性が銀行の角に近づいたと思うと素早くその馬をランプポストにつなぎとめて馬から飛び降り、颯爽と銀行の中に入っていった。 そこかしこで、物を売る人々や仕事をもちかける人々の声がしていた。マヤはそのような奇妙な服装をした人々を見るのは初めてだった。ケンは様々な珍しい動物に乗るこれほど多くの人々を今までに見たことがなかった。

「マヤ、もしかしてあそこの人はビートルに乗ってるのかな」

彼が指差した先を見ると、そこにはたしかに、黄色と桃色というひどく派手な色合いの服に緑色のエプロンのようなものを身につけた男の人が、巨大な青いビートルに乗っていた。

「……少なくともクライほど大きくはないわね」

マヤはぐっと息を呑んだ。

二人の上に影が差したので振り返って見上げると、そこには巨大な青白いドラゴンの嘴があった。ケンはすかさずマヤを腕の中に抱えていた。すると、大きな翼の片側の陰から男の人が降りてきた。

「やぁ、こんにちは! 丈夫な力持ちの動物に興味がおありかな? たったの30万ゴールドですぞ!」

ケンはその快活な男性を見つめた。彼は、そのドラゴンの鱗と同じくらい白いシャツを着ており、おかしなことに道化師の帽子をかぶっていた。ケンが返答に詰まっているとマヤが言った。

「いいえ、結構です。私たちは友人を探しているんです」

雑踏の中なので、ほとんど叫ぶように話さねばならなかった。がっかりした様子も見せず、帽子を手にお辞儀をしながら彼は大きな声で言った。

「そうですか、うまくいくといいですな!」

そして、彼はドラゴンに乗りかかりざまに振り向いて、

「動物のご入用ならばジェスをごひいきに!」

と言った。 マヤは力なく手を振り、その男は群集に飲まれていった。低い唸り声を上げながら、人々が道を開ける間を悠々と歩いていく巨大なドラゴンは、あたかも人々の頭上に浮かんでいるようにも見えた。

「ねぇ、あっちへ行こうか」

ケンはマヤを道路脇へと導きながら言った。彼の指差す先には、銀行の向かいの小さな丘があり、人々が暇そうに座っていた。

「そうね!」

程なくして、彼らは丘の横の道を登り、古い松の木のふもとの空き地に着いた。二人は息を切らしながら腰を降ろし、これからについて思いをめぐらせた。

「こんなにたくさんの人の中で、どうやったら彼女を探せるのかしら」

マヤが苛立ったように群集を指差し、

「だって、これはこの街のたった一部分でしかないと思うの」 「うん、でも街の他の部分はこれほど混雑していないんじゃないかと思うんだ」

ケンはうなづいて言った。

「たぶん、ここが禅都みたいな商売の中心地だと思うんだ。あの人たちをごらんよ!」

すると、そこへいきなり話しかけてきた者がいた。



「ブリテインは初めて?」

彼らは振り向く必要もなかった。なぜなら彼らの間に少女が一人、ちょこんと座って後ろ手に反り返っていたからである。その女の子は、自分が突然現れたため二人をどれだけ驚かせたかわかっていない様子だったが、すぐに気づいて言った。

「あ! 驚かせるつもりはなかったのよ!」

彼女はシンプルなピンク色のドレスを着ており、突然現れたということを除けば、いたって普通の少女だった。

「いったい……」

マヤが口を開いた。

「キミはどうやって?」

ケンが締めくくった。少女は少し慌てた様子で、

「どうか許して! これはただの呪文なの。あなたたちが腰を降ろしたとき、私ここで練習していたの」

彼女はマヤの方にかがみこんで見つめた。

「本当なのよ! あなたとあなたのお友達は、この辺の人じゃないみたいね。私、わかるの」

ケンは驚きよりも好奇心の方が勝って咄嗟に、

「うん、僕たちは禅都から来たんだ」

と、言ってしまった。その年若い魔法使いは、ぱっと前方に飛び跳ねると彼ら二人に向き直った。

「禅都! そんなに遠くから来た人に会ったのは初めてだわ! お知り合いになれてうれしいわ。私の名前はハーモニー」

そして彼女はお辞儀をしたが、それはマヤにとって少し奇妙に写った。なぜなら彼女は座っていたからである。

「こちらこそお知り合いになれてうれしいわ、ハーモニー。私はマヤ、そしてこちらがケンよ」

マヤは、できるだけブリタニアの訛りに合わせながら言った。ケンはいたく感動した様子で、

「ケンって呼んでくれ」

と手を差し出した。ハーモニーはその手を握ると、いぶかしげに、

「でも、彼女あなたのことをケンって紹介したわよ」

と言った。ケンは少し当惑しつつ、

「ああ、そうだね、ごめん。僕のフルネームはケンタロウっていうんだよ」 「まぁ、それじゃそう呼びましょうか?」

マヤは笑いだした。

「いや、だからケンでいいんだよ、ごめん」

ケンは必死に説明していた。

「失礼、ハーモニー。あなたは呪文を唱える練習をしていたと言っていたわね?」

マヤが助け舟を出した。これはハーモニーの気を惹くのに充分だった。

「そうなの! このインビジビリティっていう魔法は私のレベルより上の魔法なんだけど、もう少しでものになりそうなの!」

彼女はとても活気に満ち溢れていたので、ケンとマヤが対照的にぼんやりしているように見えた。

「あなたたちに話しかけたから、集中力が薄れちゃったんだわ」

彼女はそういうと楽しそうに笑った。ケンとマヤは感動していた。彼らはブリタニアの魔法について聞いたことはあったが、姿を消す術は忍者のものだと思われていた。

「それで、どうしてブリテインまでやって来たの?」

ハーモニーがたずねた。 マヤは、すでに自分たちの目的をすっかり忘れてしまっていたので、答えるのにしばらく時間がかかってしまった。

「私たちは家族の友人を探しているの。彼女がブリテインに来ていると聞いて、それで探しに来たというわけ」 「わかったわ! 徳之諸島から来た人は少ないのよ。彼女の名前は?」 「イヌ。かなり年を取った女性で、名前はイヌというんだ」

ケンは、礼儀正しくしようと繰り返して言った。 ハーモニーはしばらく考えていたが、

「うーん、そういう名前は思い出せないわ。でも、実は私自身もここに来てまだ数日なの」

今度はマヤの番だった。

「あなたはどこから来たの? ハーモニー」 「マジンシアよ。ご存知?」 「ごめんなさい、知らないわ」

ハーモニーは一向に気にせず、東の方を指差して、

「ヘイブンの北にある、ここから遠く離れた島なの。私の家族はもう何代もそこで暮らしていたの」

彼女は優しく言った。そして彼らの方を振り向きながら、

「もちろん、ムーンゲートだってあるわ。みんなが思うほど遠くにあるわけじゃないと思うんだけど」

そして、ふと奇妙な表情を浮かべたが、次の瞬間また笑顔に戻った。

「私も同じことを思ったの」

マヤが応えた。

「私はブリテインに来たことがなかったのだけど、思ったよりも大変じゃなかったわ。ゲートをくぐったらあっという間だったわ、その後、しばらく歩かなきゃならなかったけれど」

ハーモニーは笑った。

「そうね。でも、行き先を間違ったちゃったりすると、ちょっと大変だったでしょうけどね」

ケンは、ついつられそうになったが話を本題に戻して言った。

「ハーモニー、どこか情報を得られるところを知らないかい? 僕たち、本当にイヌ婆さんを探さなきゃならないんだ」

ハーモニーはしばらく考えこみ、おさげにした赤毛の髪を引っ張っていた。

「たぶん、『キャッツ・レイアー』かしら。そこの裏手にある居酒屋なの。酔っ払いたちの中に一人や二人、噂好きがいるはずよ」

ケンは指差した方向へ向かおうとしたが、突然マヤが言った。

「ううん、私たち動かない方がいいと思うの」

彼女は驚いた表情で銀行の方を見つめていた。ケンも驚きのあまり息を呑み、ハーモニーはもっとよく見ようとまた二人の間に入ってきた。



銀行の屋根の上、一人の年老いた女性が淵から下の群集を見下ろしていた。誰か彼女に気づき、他の人々も何ごとかと集まってきたのだ。

突然イヌは叫んだ。

「静かにおし! よく聞こえないよ!」

数人がはっとして動きを止め、彼女の言葉に耳を傾けた。マヤは強い既視感に襲われて凍りついた。 予期せぬことに、群集は全員イヌの言うことに従い、興奮してぶつぶつ言う者以外は皆おとなしくなった。ハーモニーはマヤの方を見てたずねた。

「あれは……」

しかしイヌがふたたび大声で言った。

「見よ!」

その言葉の響きには、驚くほどのものものしさが感じられた。

「時は来た! 単純な言葉は複雑に、複雑な言葉は単純に!」 「石の上の石は、粉と砕け散る!」 「川は煮え、壁は溶け落ちる!」 「もう時間がない、わしには見えぬ!」

彼女はこれらの言葉を澱みなく言い切った。すると地上からの声がした。

「一体これはどうしたことかね? 壁の上にいる愚か者は誰だ?」

別の者がそれに続き、

「誰か! ここに引きずりおろせ! そのうつけ者をだ!」

群集は、今や大騒ぎだった。イヌは意に介さない様子で太陽を見上げていたが、人々の言うことは聞いていた。褐色のロバに乗った男が、切り捨てるように言った。

「たかが老婆のたわごとじゃないか。相手にするな」 「あの人、大丈夫かしら?」

奇怪な老婆を一目見ようと人々が押し寄せ出し、しばらくしてからついにハーモニーが訊ねた。マヤは何と言ってよいかわからなかった。

「前と同じだわ」

ケンは心配していた。

「これはまずいな、マヤ」

イヌは再び言葉を発した。しかし、今度は明らかに怒りが含まれていた。

「わしを笑いものにしようというのか!」

一人の女性が呼びかけた。

「あなたのお名前は何というのです! あなたこそ、私たちを笑いものにしていませんか? あなたは誰なんです?」 「わしはイヌ! 年老いた者だ! そしてお前は愚か者だ!」

その女性が前に進み出たので、よく見えるようになった。

「何ということを!」

そして振り返って群集に向かって言った。

「ガードを呼んでちょうだい! おかしな女がいますってね」

人々は口々に賛成の意を表していたが、まだイヌに注目している者もいた。マヤは立ち上がり、ケンがそれにならい、ハーモニーも後に続いた。彼らには、人々の数がまだまだ増えていくのが見てとれた。傍らで商売をしていた商人が野次馬に加わったからである。

「何とでも呼ぶがいい! 聞くつもりがないのなら、教えてはやらん!」

その女性が振り向いた拍子に、マヤは彼女が高潔な怒りに駆られ、拳を両脇で握り締めるのが見えた。

「教えるですって? わけのわからないことをぶつぶつ言うだけで、何の意味もない言葉じゃないの!」

不気味に落ち着いた表情で、イヌは彼らには聞こえないほど小さな声で何かを答えた。しかし女性は完璧に怒っていて、群集は拳を振り上げて老婆を罵っていた。

「ばか者!」 「たわごとを言うな!」 「引きずりおろせ! あいつはあぶない奴だ!」

マヤはすでに丘を降りて、銀行のドアの近くにいる群集のところまで来ていた。ハーモニーとケンは、そのすぐ後ろに続いた。マヤはハーモニーに向いて、懇願するように言った。

「あなたは魔法使いでしょう。私たちをあの屋根の上に移動させてくれないかしら?」

事態が急を要することを察知したハーモニーは言った。

「わかったわ、少しだけ時間をちょうだい」

そしてうつむくと、

「秘薬を探さなきゃ」

彼女は小さなナップザックの中を探り、やがて少量の薬草を引っ張り出した。

「いいわ、ケン、マヤ。私の手を握っていてちょうだい」

彼らは身を寄せ合い、彼女が唱えた。

「Kal Ort Por!」

一瞬方向感覚を失った後、マヤは銀行の屋根の上から群集を見おろしていた。群集は、イヌが原因で危険な状態になりつつあった。侮蔑の言葉が飛び交い、暴徒となり始めた群集の中には、それを正当化しようとしている人すらいるようだった。 マヤがイヌの元へ駆け寄ると、彼女はひどく驚き、半分叫び声に近い声で言った。

「マヤ?」 「お婆様! ここで何をしていらっしゃるのです?」

ケンとハーモニーもそばへ駆けつけた。イヌはまだマヤの質問に答えていなかった。

「おお、お前はケンかい?」

イヌの声には、おもしろがっているような甲高いひびきがあった。

「ごきげんよう、お婆様」

彼はおっかなびっくりに言った。彼女の名前を直接口にするのは憚られたし、他に呼び方がなかったからだ。

「この方は知らないわねぇ」

イヌは階下の叫び声を耳にしながら、珍しそうにハーモニーを見た。

「このお嬢ちゃんも一緒なのかい?」

ハーモニーが甲高い声で言った。

「こんにちわ! お目にかかれてうれしいですわ! 私はハーモニー」 「お婆様! 一体あの人たちに何をおっしゃったの?」

答えようとしたとき、突然イヌは頭を抱えてぐらりと前にのめった。マヤが受け止め、ケンとハーモニーが彼女を抱き起こした。

「お婆様!」

マヤは叫び、意識が朦朧としているイヌを揺さぶった。

階下の女性が叫んだ。

「いい考えよ、魔法使い。パラライズ魔法ね。いまガードが来るから、そこで待ってなさい!」

ハーモニーはすっかりショックを受けたようだった。

「私、そんなことしてない……」

ケンは彼女をかばって言った。

「違うと思う、彼女は病気なんだ」

マヤはイヌを地上に降ろすと、急にもろくなってしまった彼女を膝に抱えて介抱していた。彼女は青ざめて血の気がなく、マヤは一生懸命意識を取り戻させようとした。 何の前ぶれもなく、二人のガードが彼らの前に現れ、すぐにことの次第を調べ始めた。

「ご同行願います」

左側の一人が言うと、次の瞬間彼らは石造りの頑丈な部屋の中で、いかめしい顔をした男がデスクに向かっている前に立たされていた。彼の表情は不愉快そうであった。



それからの1時間、イヌはヒーラーのベッドに寝かされ、彼らはブリテインの保安官に厳しくしかりつけられた。そして3人は、イヌが快復した後ただちに街を出ていき、少なくとも3日は街に戻ってはならないという命令状と共に釈放された。

「あなたのお婆様は、あの貴族の婦人を侮辱してしまったようね?」

診療所への道すがら、ハーモニーはそう尋ねた。

「そのようね」

ため息と共にマヤが言った。マヤの母も、イヌ婆を探すだけのはずが、まさかこんなことになるとは予想していなかったに違いない。

「でも、少なくともイヌお婆様は何も罪を犯さなかったわ」 「連中は、あの貴族の婦人がさっきみたいにまた群衆を煽り立てることを心配してるだけさ」

とケンは言った。

木造の診療所の中に3人が入ろうとしたとたん、中から何かが砕ける大きな音とともに、イヌがドアに向かって走ってくるのが見えた。ローブを纏ったヒーラーたちは、用心深く、少し離れたところからイヌを落ち着かせようとしていた。

「大人しくしてください! 危害を加えるつもりじゃないんです!」

とその中の一人が声を上げたが、まるで向こう脛を打たれたかのように後ろにのけぞっていた。イヌは三人を見ると駆け寄り、

「早く! この野蛮人たちは、わしをベッドから出さない気だよ!」

イヌがケンとハーモニーと話しながら外で体を伸ばしている間に、マヤは少しだけゴールドを差し出しながらヒーラーたちに謝った。

「お婆様を許してください。ここ最近、具合が悪くなってしまったんです」

明るい茶色のローブを着た男は、当然のようにそのゴールドを受け取ると言った。

「構いませんよ。私たちは彼女の健康を心配していただけです。でももう、どう見ても元気そのものですね」

「マヤ!」

外でケンの声がした。手早く感謝の言葉を述べると、マヤは飛んで逃げるようにその建物から出た。外にいるはずのイヌたちがいないのを見てマヤは驚いたが、またマヤを呼ぶケンの声が道の先から聞こえてきた。大急ぎで向かい、なんとかイヌの着物をつかんで言った。

「お婆様! どこに行こうとしてるんですか?」

イヌは歩みを止めることなく、

「暗くなってきたねえ。わしは疲れたよ」

とだけ言った。

例の騒ぎの後では、この街で彼らを受け入れてくれる宿などあるはずもなく、また保安官からの命令状を考え、マヤとケンは禅都に戻るようにイヌの説得を試みた。しかし、イヌは二人の言うことに聞く耳を持たない。やがて彼らはブリテインを二つに分ける川にたどり着き、いつしか海へと向かって歩いていた。 ハーモニーがマヤに提案を投げかける頃には、空は夕焼けに染まっていた。

「マヤ?」

しばらくの間誰も口を利いていなかったので、マヤは不意を付かれた。

「あ、なに? ハーモニー」 「ちょっと聞いてみようと思って。嫌だったらそういってくれていいのよ。私、ブリテインから出た後も、あなたたちと一緒に行っちゃ迷惑かしら?」

マヤは立ち止まり、ハーモニーは話を続けた。

「どうしてかわからないけど、そんな気になったの。それに、私、あなたたちの旅を手伝えると思うの」

ケンにもその話は聞こえたが、イヌはそ知らぬ顔で川の土手を歩き続けていた。 考えるまでもなく、マヤはすぐに優しく返事を返した。

「もちろんよ! でも、無理してない?」

ハーモニーは笑った。

「無理だなんて!」

そして、いつになく真面目な調子で続けた。

「それにね、私、少し癒しの技を知ってるの。必要な時にお手伝いできると思うわ」 「いいから、その子も連れてきな!」

イヌが道の先から声を上げた。

「わしに聞こえないとでも思っているのかい!」

ハーモニーは笑いながら、イヌに追いつこうと走り始め、マヤもその後を追った。

4人は、街の東の海辺を海岸線に沿って歩いていた。夕焼けの赤がさらに濃くなっていく中、街のはずれの家を通り過ぎると、ケンは辺りを調べて言った。

「ここがいいんじゃないかな」

そこは森と岸壁の間にあるちょっとした窪地で、夜をしのぐにはもってこいのようだった。

「良さそうね」

マヤが返事した。

「その斜面の辺りでキャンプをすれば、風も吹いてこないと思うわ」 「それにまだ家が見えるから、何かあったら街のガードに助けてもらえるわ」

ケンはうなずいた。

「ちょっと焚き木を取ってくる間、面倒みてて……いや、その」

イヌはケンを凝視していった。

「何の面倒だい? 騒ぎさ! 絶対!」

ここ1、2時間、イヌの話には訳のわからない言葉が混じったりしていた。マヤは一度だけ何のことかイヌに聞いてみたのだが、イヌ自身もわからない様子だったので、それ以上何も聞かなかった。すぐに慣れたが、変な感じだった。 イヌが相変わらずケンを睨み付ける中、ハーモニーがそんな雰囲気を変えるべく言った。

「私も一緒に行くわ。二人で集めれば、すぐ戻れるでしょ」

マヤが黙ってうなずくと、二人は森の中へ入っていった。マヤは草で覆われた斜面にイヌを座らせた。

「かわいい孫や」

マヤはベッドロールを広げようとしていたので、地面に膝をついたままイヌの方を向いて答えた。

「どうしたの?」 「お前は本当にいい子だね」

マヤが驚いて返事をためらっているうちにイヌは横になり、目をつむった。一瞬の後、会話の終わりを告げる寝息が聞こえてきた。

その後、ハーモニーとケンが戻り、3人はキャンプをこしらえるとマヤは2人に話し始めた。

「お婆様が言う変な言葉のこと、どう思う? 具合が悪いだけなのかしら?」 「そうだと思うよ。イヌ婆はいつもちょっと……。みんながイヌ婆のこと何て言ってるか知ってるだろ」

ケンが言った。

「でも、今回これほど馬鹿げた言葉を言うなんて、訳がわからない」

ハーモニーは木の枝で焚き火を突っついていたが、マヤに顔を向けて聞いた。

「魔法使いなの? その、マヤのお婆様は」 「お婆様があなたのように魔法を使うとは思えないわ」

マヤは続けた。

「でも、お婆様には何かが見えるんだと思うの。何かを感じるって言ってるわ」

マヤは消え入りそうな声で言い、ハーモニーは持っていた枝を火の中に投げ入れた。

「そんな気がしたのよ」

ハーモニーが言った。

「だから聞いてみただけ」

マヤは膝を抱え、焚き火の燃えさしを見つめて言った。

「知らないわ。私が考えてるのは、お婆様を禅都に連れて帰ることだけ。今頃お母様、心配し始めているだろうし」

焚き火の向こうに、間に合わせの寝床でも、できるだけ心地よくしてあげようと苦心して寝かしつけたイヌの姿が見えた。

(彼女は気づきもしないでしょうけど)

そう思いつつも、彼女は責任を感じていた。

しばらく自分たちの置かれている状況を互いに話した後、ケンは自分のベッドロールを出すと夜空を見上げた。

「その通りだよ。明日は街を通り抜けてムーンゲートに向かわなきゃ。通るくらいならガードも許してくれるさ。もう暴徒もいないだろうし」

ハーモニーは興奮した様子で言った。

「最高ね! 私、あなたたちの故郷を絶対みてみたいわ」 「彼女を説得できたらの話だけどね」

ケンは、イヌを指しながら注意した。マヤはうなずき、自分の毛布に包まると、

「明日なんとかしましょ」

と、疲れきって答えた。



トランメルの月がゆっくりと夜の空を昇り、明るく輝くフェルッカの月が地平線に見えた頃。 イヌはこっそりと起き上がってベッドロールをたたむと自分の荷物にくくりつけ、消えかけている焚き火の灯りの届かないところへと歩いていった。イヌは寝ている三人を一瞬思いやるように見やったが、じきに森の中へと姿を消した。

(第二章へ続く)